は、きっと、遠い広東《カントン》省かどこかにあるのであろう)
 中国と思えば、ふと「広東省」という地名が、頭脳の中から飛び出してきた。だが、それ以上に発展しなかった。
(この土地は、たしかにイギリスにちがいないが、自分は何用《なによう》あってこんなところへ来たのであろう)
 赤十字のマークをつけた病院の自動車が三台、町の方からやってきて、彼の傍を通り過ぎていった。
(おれは一体、幾歳《いくさい》ぐらいの男なんだろう)
 彼は、ふと立《た》ち停《どま》って、あたりを見まわした。目についたのは、畦道《あぜみち》の傍《そば》を流れる小川だった。
 彼は、そこまで歩いていって、恐《おそ》る恐る、しずかな流れに顔をうつした。
「や、おれは、頭に怪我《けが》をしていたんだ。そうそう二三日前に気がついたんだが。何の怪我かしらん。おう、あ痛《いた》ッ」
 彼は、痛々しい自分の頭の包帯《ほうたい》にびっくりしてしまって、とうとう自分の顔から自分の若さを読みとる余裕《よゆう》がなかった。
 そのところへ、サイレンが、けたたましく鳴り出した。
「あ、空襲警報《くうしゅうけいほう》だ!」
 彼は、畦道をすっとんで、舗道の上へおどりあがった。きょろきょろ四周《あたり》を見まわしたが、防空壕《ぼうくうごう》らしいものはなかった。
「どうしよう?」
 彼は途方《とほう》に暮れて、なおもうろうろしていた。するとそこへ走ってきた一台のトラックが、傍《わき》へぴたりと停った。
「早く乗れ」
 トラックの上から、手が出ると、やっという懸《か》けごえと共に、彼は車上《しゃじょう》に引き揚げられた。


     3


 トラックの上には、いろいろな種類の人間が乗っていた。いずれも皆、そのあたりを歩いていた町の人々らしかった。
 トラックは、それから暫《しばら》く走ったが、やがて「防空壕アリ」と建札《たてふだ》のあるビルディングのところまで来ると、ぴたりと停った。
「さあ、防空壕へはいった。しずかに、そして早く……」
 指導員らしいのが叫んだ。
 仏天青《フォー・テンチン》も、人々のうしろから、柵の中にはいった。狭い下《くだ》り坂《ざか》を、ついていくと、やがて、電灯のついただだっ広《ぴろ》い部屋が見えた。ぷーんと饐《す》えくさい空気が、彼の鼻をうった。
 彼の頭は、急に、ずきんずきんと痛みだした。よほど
前へ 次へ
全42ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング