》だ」
魚戸の声だ。
僕はそのとき呀《あ》っと息をのんだ。展望窓の上の方から、大きな丸い光る籠《かご》がぶらさがっているように見えたが、それこそ月世界であった。ようやく極く一部分が見えているのである。考えていたより何百倍か大きいものであった。月面は青白く輝き、くっきり黒い影でふちをとられた山岳《さんがく》や谿谷《けいこく》が手にとるようにありありと見えた。殊に放射状の深い溝《みぞ》を周囲に走らせている巨大な噴火口《ふんかこう》のようなものは、非常に恐ろしく見えた。
月世界の外の空間は全く暗黒であったが、その中に無数の星が寒そうな光を放って輝いていた。
僕は背中に氷がはり始めたような寒さを覚えた。そしてまた、僕たちの乗っているロケットが縹渺《ひょうびょう》たる大宇宙の中にぽつんと浮んでいる心細さに胸を衝《つ》かれた。なるほど、こんな光景を永い間眺めていたら、誰でも頭が変になるであろう。僕は初めの意気込みにも似ず、この上展望室に立っていられなくなり、大急ぎでそこを出た。そして階段づたいにあたふたと記者倶楽部へ逃げもどってきた。
そのとき室内には、居る筈と思ったベラン氏の姿もなく、
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