魚戸。今夜は奢るから、一緒につきあえ」
と、私はいきなり声をかけた。すると魚戸は立ち停って、苦笑いをしながら、
「でかい声を出すなよ、みっともない。君が奢ってくれるとは珍らしい話だが、今夜はよすよ」
「駄目だよ、今夜じゃなければ……」
「折角だが断る。このとおり連《つ》れもあるしねえ」
初めから気はついていたが、僕も知らない顔ではないイレネを魚戸氏は連れている。
「やあ今日は、イレネさん」と帽子をとって挨拶《あいさつ》をしてから、魚戸氏に「金はちゃんと持っているんだ。君たち二人ぐらい奢っても痛痒《つうよう》は感じないんだ。だから一緒に……」
「駄目だよ、岸。ちと気をきかせやい、こっちは二人連れだというのに」
ふん、二人連れか。勝手にしやがれだ。魚戸の奴、恥をかかせやがった。僕は吾儘《わがまま》な向っ腹を立てて歩きだした。するとうしろから魚戸の声が追駈《おいか》けてきた。
「君には、またゆっくり奢って貰う機会があるよ。それから、悪いことはいわない、今夜はあまり自暴酒《やけざけ》を呑みなさんな」
大きなお世話だ。僕はぷんぷん腹を立てながらも、さすがに寂しさを払い落とすことができなか
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