を買うと、もうあとを買いに歩くのがいやになった。品物の方は早速もう諦め、あとはポケットをふくらませている紙幣束《さつたば》をいかにして今夜のうちに費《つか》い果《は》たすかについて頭をひねることとなった。
「そうだ、同業の魚戸《うおと》氏に挨拶していってやろう」
 魚戸氏は、僕と同じく報道員である。だが彼と僕とは、所属の会社を異《こと》にしているので、はっきりいえば競争者であり、もっとはっきりいうと敵手である。僕はまだ二十五歳だが、彼は僕より十四五歳も上の先輩だ。しかし仕事の上では同じことをやっているので、君僕の間柄だ。これまでに随分ぬいたりぬかれたりしていがみ合った仲だが、それもいよいよ今夜でおしまいだ。そう考えると、いささか感傷が起る。そこで一つ今夜は罪ほろぼしに、先生に奢《おご》ってやろうと考えたのだ。彼も近頃ますます懐中《ふところ》がぴいぴいであることは僕同然であって、同情にたえないものがある。
 僕は一町ほど先の町角に在る公衆電話までいって、そこから魚戸氏を呼び出そうと思った。
 そう思いながら、その方へ歩いていくと、ばったり魚戸氏に行き逢ってしまったではないか。
「いよう、
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