。ひどい目にあうもんだなあ。今日は瘤《こぶ》ばかりこしらえているぞ」
 と、こっちから声をかけると、魚戸は要慎《ようじん》ぶかい腰付で卓子につかまりながら、
「そういうが、君は男で倖《しあわせ》さ」
 という。
「なんだい、男で倖とは」
 僕は腰をさすりながら訊《き》いた。
「あのお腹の大きい縫工員《ほうこういん》のベルガー夫人ね。さっきころんだ拍子《ひょうし》に床の上にお産をしてしまったよ。飛び出した赤ちゃんは脳震盪《のうしんとう》を起すし、夫人は出血が停らなくて大さわぎだったよ」
 魚戸は、同情にたえないという目付で、そう語った。愛妻のイレネの身の上のことも考えているのであろう。もちろん僕も愕いた。
「で、赤ん坊はどうした」
「赤ちゃんは幸いにも生きている。しかし果して異状なしかどうだか、もうすこし生長してみないと分らないそうだ」
「そうか。気の毒だなあ。そして夫人は」
「ベルガー夫人の出血はようやく停った。絶対安静を命ぜられているが、しきりに赤ちゃんの容態《ようだい》のことを気にして、大きな声で泣いたり急に暴れだしたりするので、医局員は困っている」
「なぜ暴れるのかね」
「夫人は
前へ 次へ
全78ページ中45ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング