す。悪人山ノ井はとらえられた上、極刑《きょくけい》に処《しょ》せられるでしょう」
 極刑だって、極刑といえば死刑だ。ああ、、それはたいへん。いちばんの仲よし、そして二人で力をあわせてこの天のはてまで旅をつづけてきたのに……。千ちゃんを死刑台へ送ることはできない。なんとかして助けたいものだ。
「ぼくたちが乗ってきた宇宙艇カモシカ号は、いまどうなっていますか」
 川上は、教授のへんじはどうであるかと胸をおどらせた。
「カモシカ号は、空から落ちてくる前から火を発していたが、地上にはげしくつきあたると同時に、すっかり、ほのおにつつまれ、みるみる焼けてしまったですよ」
「ええッ、すっかり焼けおちましたか」
「火が早くて消すことができなかった。きみと山ノ井を救い出すのが、ようやく、まにあったというわけです」
「山ノ井も救いだされたのですか」
「そうです。しかしかれは、きみのようにけがをしていないから、われわれが救い出すと、すぐ逃げてしまったのです。林の中へね」
「はあ、そうですか。なぜ逃げたのかな」
「逃げることはないと思います。われわれに感謝をしていいはずです。ところが、そのまま逃げてしまった。そして暴行をはじめた」
「どうもわからないなあ。なぜ千ちゃんがそんなことをしたのか」
 ひょっとすると、千ちゃんは気が変になったのではあるまいか。川上はそう思って身ぶるいした。
「君たちの乗ってきた乗物の残骸《ざんがい》は、こっちの方角にあります。あの道を行って丘を二つほど越したところです。だいたいいまわれわれが立っているむこうがわ[#「むこうがわ」に傍点]になります」
 教授の指さしたのは左であった。噴気孔《ふんきこう》が立っているところと九十度ほどちがう。
「カモシカ号の残骸は、どんなになっていますか。すこしは形がのこっていますか」
「全体は、平《ひら》ったく地にはりついています。そしてところどころこぶ[#「こぶ」に傍点]のようにもりあがっていますね。みんなまっ黒こげですよ」
 なさけないことを聞くものだと、ポコちゃんは思わずためいきをつく。
「ふうん」
「お気のどくですね」
「カロチ教授。ぼくをそこへ案内してくださいませんか。カモシカ号の残骸をとむらいたいと思いますから」
「よろしい。すぐ行ってみましょう」
「でも遠いのでしょう。どのくらい時間がかかるんですか」
「そうですね。君がぴょんぴょんとんでいくなら、三十分もかからないでしょう」
「ぴょんぴょんとんで三十分?」
「そのかわり、きみはわしをいっしょにつれてとんでもらいましょう。そうでないと案内ができない」
「つれてとぶとは、どんなことをするんですか」
「せなかにおんぶしてもらってもいいし、あるいは手をひいて、とんでもらってもいい」
「せなかにあなたをおんぶするのはきみがわるいから――いや、えへん、えへん」とポコちゃんはうっかり口をすべらしたのを、せきをしてごまかし「手をひいてとぶことにしましょう」
 川上はカロチ教授の手をとって、いわれるとおりに大地をけってぴょんととんだ。するとあらふしぎ、川上のからだは打上げ花火のようにすうっと空へとびあがった。緑の樹海が足の下をうしろへ走るようだ。やがてからだはだんだんおりてきて、タンポポの林の中に足がついた。
「そら、そこでまたとんだり」
 教授がさけんだ。
 ポコちゃんは、また一けり、大地をけった。からだはふたたび空中へまいあがる。なかなかいい気持だ。こんどは気がおちついてきたので、うしろをふりかえった。教授がポコちゃんの手をはなすまいといっしょうけんめいにぎって、歯をくいしばってとんでいる。第三の手が、とばされた帽子のように、あとの方にふきとばされている。
「これはゆかいだ。こんどはもっと高く、うんと遠くまでとんでやろう」
 ポコちゃんはまた強く大地をけった。


   樹海《じゅかい》に土煙《つちけむ》り


 そんなことを十四五回くりかえしているうちに、川上と教授は、ジャンガラ星の上をどんどんまわって、やく十キロあまりとんだ。
 赤土の沙漠みたいなところをとびきった。つぎはうすい緑色のまるい大きな葉が地上にはっていて、それに赤い花がついている野原に出た。その野原をとび越すと、こんどは丘がつづき、また元のようなタンポポみたいな樹海となった。
 その樹海のまん中から、しきりに煙りがあがっている。
「ちょっとお待ちなさい」
 樹海の入口のところの野原で、カロチ教授はポコちゃんの手を強くひっかいた。
「待てとは、なんですか」
「あの土煙りが見えるでしょうねえ。さかんに林の中からたちのぼっているあのすごい土煙りが、きみにも見えるでしょう」
 あれなら、ポコちゃんは、さっきから気がついている。
「見えますとも。あれはなんですか」
「あそこですよ。悪人山ノ井があばれているのは。あれあれ、さかんに貴重な生命をうばっている。おそるべき殺害者《さつがいしゃ》だ」
「ほう、あそこに山ノ井君がいるんですか」
 川上はおどろいて、林の中からあがる土煙りを見なおした。林の中から、土煙りのほかに空の方へ向かってとび出してくるものがある。それこそカロチ教授がいうとおり、貴重なる生命をうばわれた死体の一部分なのであろうか。ばらばらの手足がとび散っているのであろうか。気が変になった千ちゃんが、ジャンガラ星人とたたかって、手あたりしだいに相手のからだをひきちぎってなげとばしているのであろうか。川上はどきどきする胸をおさえて、林の上にとびだしてくるものに目をすえた。
(はて、べつに手足のようなものも見えないぞ。星人の首らしいものも見えない。なんだか葉っぱや、えだや、花がちぎれて、とんでいるようだが、殺された星人のからだはちっとも見えないじゃないか)
 川上は、そう思って、ふしんの首をひねった。
「あれあれ、あのとおりだ。かわいそうに、ばらばらにひきさかれて、さかんにとばされる。ああ、おそろしい」
 カロチ教授の大きな目から、涙がぼろぼろとおちる。
「もしもし、カロチ教授」
「おお、なんですか」
「あなたにはばらばらになってとぶ死骸が見えるのですか。ぼくには何も見えませんですよ」
「見えない? そんなことがあるものか。あれあれあれ、あのようにとばされている」
「あれは葉っぱじゃありませんか。花もとんでいますけれども……。あれはみんな植物じゃありませんか。ジャンガラ星人の死骸なんかてんで見えないです」
「き、き、きみはへんなことをいう。植物にもちゃんと生命がある。あれが暴行でないと、きみはいうのか」
 カロチ教授のようすが、急にけわしくなった。川上には、まだ事情がよくのみこめない。
「もしもし、教授、気をしっかり持ってください。冷静になってください。あんなことをやっているのが山ノ井君だとしても、山ノ井君はべつに殺人のような悪いことをしているのではない。たかが植物をちょん切って、なげつけているんじゃありませんか。大したことではない」
 すると教授は、顔から目玉を半分ばかりとび出させて、身をひいた。はげしいおどろきにうたれたらしい。
「おお、おそろしい。君も山ノ井におとらぬ悪人だ。植物の生命をとるのが平気だとみえる。そんなおそろしい心の人間にはつきあえない」
 教授のことばに、こんどは川上の方がびっくりしてしまった。なんということだ。ジャンガラ星人は、植物の生命をそんなに重く考えるのか。しかし花の首を一本ちょっと切り落したくらいで極刑になってはたまらない。どうして山ノ井千ちゃんを救ったものか。ポコちゃんは大こまりであった。
 その間にも、千ちゃんは樹海の中であばれているらしく、いよいよさかんに林の上に葉っぱや花の枝が投げあげられる。
(そうだ。一刻も早く千ちゃんに会って、植物を切りたおすことをやめさせなければならない)
 ポコちゃんは、ようやくそこに気がついた。そこで教授に、そうすることを話してしばらくの時間を待ってくれるように頼んだ。しかし教授は、さっき[#「さっき」は底本では「さつき」]と変って、もういい顔をしない。にくしみにみちた目で川上をにらみつける。そこで川上は、しかたなく教授の前をだまってはなれた。そして一足大地をけると、土煙り、葉煙りのあがる林の中へとんでいった。
 いったい千ちゃんは、なぜそんならんぼうをはたらいているんだろうか。


   再会


 なつかしい友の姿を、樹海のうちに発見した。しかしその友は、すっかりのぼせあがって、まっかな顔をして、鉄の棒らしいものでまわりの草木をなぎたおしている。それを遠くからとりかこんで、このジャンガラ星人《せいじん》たちがわいわいさわいでいる。
 かけつけた川上少年は、この場のすさまじいありさまに、何から手をつけたらいいのか、ちょっと迷った。こんなことなら、カロチ教授の手をひっぱって、ここまでとんでくればよかったと思った。
 さかんにはやしたてる星人たち。みんな怒《いか》りの絶頂《ぜっちょう》にあることは、その顔色がエビガニ[#「エビガニ」に傍点]のように赤黒くなっていることによっても知れた。かれらは、だんだんと包囲の陣をちじめて、つかれをみせている山ノ井にせまっていく。このままでは、たいへんなことになる。川上少年は決心をして、もうひととびとんで、山ノ井のそばへおりた。
「千ちゃん。いったいどうしたんだい」
 川上は、山ノ井のうしろへよって、肩をたたいた。山ノ井は、はっと身をちじめ、おそろしそうに、うしろをふりかえった。が、その目はきゅうにかがやいた。
「おおポコちゃん、ポコちゃんじゃないか。それともぼくは夢を見ているのか……」
「夢じゃないよ。ほんとうだよ。ほっぺたをつねってみな、いたいから」
「待て待て」山ノ井は自分のほおをぎゅっとひねった。
「あいたたた。これはほんとうだぞ。よう、ポコちゃん。よくきみは生きていたね」
「生きているさ。ぼくが死ぬなんてことがあるものか」
「いや、ポコちゃんは死んだんだ。いや、殺されたんだ。殺されたところを、たしかにぼくは見たんだ。それは……」
 と、山ノ井がいいかけたとき、ジャンガラ星人たちが、びっくりするほどの近くできみょうな声を大きくはりあげた。
 山ノ井は、その方へけわしい目をむけ、星人たちをぐっとにらみつけた。
「来るなら来い。近よれば、この草や木同様、へし折ってくれるぞ」
 山ノ井千ちゃんは、鉄の棒をぶんぶんふりまわして、怒りのかたまりと化《か》している。
「千ちゃん。きみはなぜあの連中とけんかを始めたんだい。そのわけをきかせてくれない」
 川上はうしろから声をかけた。
「そのわけかい。そのわけは……」と山ノ井はちょっとことばにつまって、「……ポコちゃんが、こうしてぴんぴんして、ぼくのそばへ帰って来た今となっては、どうもへんなものだね」
「なにがへんなの」
「なにがへんだといって、つまりぼくはポコちゃんを、かれらの手からとりもどそうとして、ひとりでこうして奮闘《ふんとう》していたんだ。しかし、きみはぶじに帰って来たんだから、もうべつにけんかをしなくてもいいわけだけれど、なにしろさっきから両方でじゃんじゃんやったことだから、すぐやめるわけにもいかない」
「つまらないよ、そんなこと。すぐよした方がいいよ。それに、けんかなんて、いいことではないからね」
「そりゃわかっている。しかしかれらは、こわれたカモシカ号へずかずかはいって来ると、大けがをしているきみのからだを手荒くなぐりつけるやら、あのへんな手をきみの口の中へおしこむやら、らんぼうをしやがった。そしてぼくのとめるのをきかずに、大ぜいできみをさらっていってしまったんだ。ぼくはくやしいやら、腹が立つやらでね、すぐ追っかけようと思ったんだが、カモシカ号|墜落《ついらく》のときにひどく腰をぶっつけて痛くて立ちあがれないんだ。それでぐずぐずしているうちに、きみをもっていかれてしまった。ぼくがあばれだしたのは、それから十五分もたった後のことで、きみはどこへさらわれていったのか、さっぱりわからない。くやしかったよ。そのときは……
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