「それでわかった。ぼくはそれから連れられていってカロチ教授のかいほうをうけ、傷の手あてをしてもらい、命もとりとめたんだ」
「だって、きみはたいへんな傷をしていたよ。ああ、今思いだしてもぞっとする。しかし今見るときみは、そんな大けがをしたようには見えないじゃないか」
「うん。それはね。そのカロチ教授という人がたいへん医学の心得があって、うまくなおしてくれたんだと思う。なにしろこのジャンガラ星人たちは、ぼくたち地球人類よりもずっとすぐれた科学技術をもっているんで、われわれ人間がびっくりするような、大仕事をかんたんにやってのけるんだ。とてもかなわないや」
「どうもそうらしいところもある。しかし人間とちがうので、どうもつきあいにくいね」
「そうでもないよ。カロチ教授なんか、話がよくわかる星人だと思う。そういえば思いだしたが、きみのひょうばんはよくないよ」
「それはよくないだろう。けんかの相手だからね」
「それもそうだが、カロチ教授さえもきみをにくんでいたよ。きみが草木を切りたおすのが重い罪悪《ざいあく》だというんだ」
「えっ、草木を切りたおすのが重い罪悪だって。そんなわけのわからない話は聞いたことがない。ポコちゃんは聞いたことがあるかい」
「ぼくだって、もちろん聞いたことなんかありやしない。なぜだろうね」
「きみは、そのカロチ教授に、そのわけを聞いてみなかったのかい」
「うん、聞かなかった。だって教授は、そのときたいへんきげんを悪くしていたもんでね」
 そういっているとき、カロチ教授が、汗をふきふき林をふみわけて二人の方へ近よってくるのが見られた。教授が来たせいか、星人たちはきゅうにおとなしくなった。しかし安心はならない。


   仲なおりの宴《えん》


 カロチ教授をかこんで、山ノ井と川上とはいろいろと話をした。
 その結果、二少年と星人との間にもつれていた感情《かんじょう》がきれいにとけた。それはどっちにとってもさいわいなことだった。
 二少年が意外に感じたのは、このジャンガラ星の上では、植物の生命《せいめい》というものがひじょうに重く見られていることだった。それは地球の上でいうと、牛や馬、いやそれ以上に値うちのあるものとし、またかわいがらなくてはならないものとされていた。
 なお、そのわけについて、カロチ教授は、こんなふうにいった。
「見てもわかるでしょう。このジャンガラ星は、せまい上に、食料として大切な植物がほんのわずかしか生えていないのだ。われわれは、この植物をできるだけ大切にあつかい、これからのわれわれの生活をささえなければならないのです。いや、じっさい植物の補給がじゅうぶんでないために、われわれは近くこのジャンガラ星を運転して、もっとたくさんの植物が繁茂《はんも》している遊星へ横づけにしたいと思っている」
 二少年が見たところ、植物はそうとうしげっていた。これだけしげっていれば、よろしかろうと思うのに、教授はなかなか不足だといったのである。
「おわかりかな。だから山ノ井君が林の中であばれてさかんに木を切りたおしたでしょう。あれはわが星人たちを恐怖のどんぞこへなげこむとともに、憎悪《ぞうお》の絶頂へおしあげた。おわかりかな御両人《ごりょうにん》」
 なるほど、それでわけはわかった。しかし、この星人たちが、なぜおびただしい植物を持っていたいと思うのか、その理由がわからなかった。これについて山ノ井は教授につっこんでたずねた。
 すると教授は、こんなふうに答えた。
「古いお話をしなければならない。われわれジャンガラ星人の先祖は、じつは動物ではなくて植物なんだ。その植物も、陸の上に生えているものではなく、海水の中に発生した一種の海藻《かいそう》だったんだ。その海藻のあるものが、ふしぎな機会にめぐまれて、自分で動きだした。それからだ。この海藻が、ぐんぐんと高等生物になっていったのは。どうです、聞いていますかね」
 教授は大きな目をぐるぐるまわして二少年の顔を見た。
「ああ、聞いていますよ」
「ふしぎな話ですね。あなたがたが植物から出た動物とは? しかしへんだな、植物はどこまでいっても、植物であり、動物はどこまでいっても、動物でしょう」
 ポコちゃんは信じられないという顔だ。
「それはそうです。しかし動物も植物も、これをひっくるめて生物というでしょう。それから動物でも動かないものがあり、また植物でも動くものがあります。地球にあるものでいうなら、ホヤ[#「ホヤ」に傍点]という動物は、岩の上にとりつくと、一生涯《いっしょうがい》そこを動かない。それに反して植物のハエトリ草はさかんに動きます。タンポポの実は風に乗ってとぶし、竹の根など、どこまでものびていく」
「ああ、そうか」
「それから鯨というほにゅう[#「ほにゅう」に傍点]動物《どうぶつ》が、海中にすんで魚のような形になってしまったでしょう。それと似ているが、われわれの先祖の動く海藻はだんだんと魚のような形となり、それから陸上へあがるようになってから、こんどは動物の形に似てきたんです。もちろんそれまでには約四千万年の長い年月がかかった。おわかりかな。だからわれわれは、生活の上におけるいろいろな点において、今も植物に助けられている。ところがごらんの通り、ジャンガラ星の上には植物がとぼしくて、まことに心細くてならぬ。さあ、そこでわれわれはいよいよ宇宙さすらいの旅に出かけることになったのです。植物の豊富なほかの星を見つけるためにね」
 ジャンガラ星人の気のどくな境遇には、ふかく同情された。二少年もできるだけのちえをかすことを申し出た。
 その夜は、カモシカ号不時着以来、はじめての、にぎやかな宴会《えんかい》がひらかれ、星人たちと二少年とは、陽気にさわいで楽しんだ。


   大団円《だいだんえん》


「いよいよジャンガラ星は自力《じりき》で宇宙をとぶんだそうだが、いったいどこへ行くつもりだろうか」
 その夜ふけ、寝床《ねどこ》にはいった川上少年は、となりに横になっている山ノ井に話しかけた。
「さあ、どこへ行くのかわからないらしい。ほら、カロチ教授がいったろう。宇宙さすらいの旅に出るんだというから、あてはないんだよ」
「あてがないとは心細いねえ」と、川上もいつになく元気がない。
「いつになったら、地球へもどることができるのだろう」
「さあ、それもわからない。ジャンガラ星としては、わが太陽系に迷いこんで来てのことだから、わが太陽系なんかにみれんはないわけだ。だからわが太陽系にさよならをして、ずっと遠方のほかの太陽系へ行ってしまうかもしれないぬ」
「それじゃますます地球へもどれなくなるわけだねえ。千ちゃん、なんとかして早く一度だけ地球へ帰ろうじゃないか」
「うん。だがカモシカ号は、あのとおりこわれてしまって役に立たない。つまりぼくたちはこのジャンガラ星から抜けだすことができないわけさ」
「いやだねえ。何とか、くふうがないものかしらん。……あっ、そうだ。いいことがある。ねえ千ちゃん。カロチ教授を説いて、ジャンガラ星を地球へ着陸させてもらおうや」
「地球へ、この星を。でも、教授はしょうちしないだろう」
「うまく話せばわかると思う。つまりわが地球の上には、植物はうんと生えているじゃないか。日本だって原始林があるし、焼けあとのほかはどこへいっても青々している。熱帯なんかへ行くと、まったく草木におおわれてしまって、植物の世界みたいだ。それを話せば、教授だって喜ぶよ。第一、ここから地球は近いし、第二に地球の上には植物がうんと生えていることは、ぼくたちが見て知っているのだから――」
「よし、わかった。それをいってみよう」
 二少年の話はきゅうにきまって、このことをカロチ教授にあって、くわしく話をした。
 教授は、「それは考えないでもなかったが、地球の植物は、われわれの欲しているものとはすこし種類がちがうんだがね」と少ししぶっていたが、その日一日よく考えてみると、返事をした。
 その翌日、教授はきげんのいい顔で二少年のところへやってきて地球へいくことにきめたといった。アフリカと南米とニューギニアに、自分たちのほしいものがそうとうあるから、それを採取した上で、またつぎの宇宙旅行を考えるのだといった。これを聞いて、二少年はとびあがって喜んだ。
「しかし心配なことがある。われわれは小さな乗物に乗ってならたびたび、地球へいったことがあるが、小なりといえども星を地球の上に着陸させることは一度もやったことがない。ようすによっては、星は着陸させないで、地表から百メートルぐらいのところへ碇泊《ていはく》させるかもしれない」
 教授はそんなことをいったが、二少年は地球へ帰れるうれしさで、そんな話を気にとめてもいなかった。

 ジャンガラ星が、すごいガスをふきだしてみずから旅行をはじめたときの光景は、ことばにも文章にもつづれないほどの壮観だった。それとともに、巨大なる三基のジャイロスコープがいきおいよくまわり出した。この器械によって、思うような方向へジャンガラ星を進めることができるわけだった。
 こうしてジャンガラ星は、刻一刻地球へ近づいていった。
 カモシカ号が不時着をしたときに、無線器械もテレビジョン装置もこわしてしまったことが、二少年にとってはたいへん残念なことであった。そのかわりなにか通信機を貸してもらいたいと教授にたのんだが、教授はそれをことわった。その理由ははっきりしないが、二少年や地球人を警戒したためかもしれない。
 事実、地球では大さわぎが始まっていた。とつぜんあやしげなる星がだんだん近づいて来、それはどうしても地球に衝突する軌道《きどう》をとっていたから。
 ジャンガラ星が、地球に対しあと一万メートルの距離に達したときには、地球人のおどろきは一段とたかまり、さわぎであった。ジャンガラ星は、慎重にかまえて、距離千メートル以後は一日に百メートルずつ高度を下げて行き、百メートルの最少距離になると、それ以上近づかない予定であった。また、ジャンガラ星は、だいたい南アメリカのアマゾン川に面した空中に停止する予定であった。ところがこの予定は、はずれてしまった。
 ジャンガラ星は三日も早く地球の方へ吸いよせられ、ついには百メートルの最少距離を残すどころか、そのまま南太平洋の海面に接触してしまった。そして接触するやたちまちものすごい爆発を起して、ジャンガラ星は煙とも灰ともつかぬ微粒子《びりゅうし》となって、空をおおってしまった。それは地球全体の空をおおいつくし、太陽の光は色をうしなってしまったほどであった。これは星と地球の海水との間のすごい摩擦力《まさつりょく》でそうなったものであろう。
 ジャンガラ星は、こうして姿を変えた。地球もめいわくな空中塵《くうちゅうじん》になやまされなければならなかった。ある学者は、この空中塵が地球上に氷河時代を出現せしめるであろうし、そのために人類はみな死滅するであろうと予告したが、じっさいはそれほどのことはなかった。しかし全世界は地上に達する太陽熱が減ったために、それから十年間というものは凶作《きょうさく》がつづいた。おそろしい影響であった。
 カロチ教授たちは、みんな死滅《しめつ》してしまって跡形《あとかた》もない。川上、山ノ井の二少年だけはさいわいにも一命を拾った。それは二少年は、ジャンガラ星が地球に接触する三時間前に、落下傘《らっかさん》を作りあげて、ジャンガラ星から脱出し、運よくオーストラリアに着陸することができたためであった。
 二少年は、その後元気になってから、めずらしいジャンガラ星の話をして、みんなに喜ばれた。二少年は、そのうちに新しい宇宙艇を手に入れて、またもや宇宙探険に出かけるといっている。そしてまだわれわれの知らない宇宙にすんでいる高等生物に面会し、こんどこそぶじにこの地球へ案内するんだと、たいへん意気ごんでいる。



底本:「海野十三全集 第11巻 四次元漂流」三一書房
   1988(昭和63)年12月15日第1版第1刷発行
初出:「少年クラブ」
 
前へ 次へ
全10ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング