宇宙の迷子
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)探険《たんけん》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三色|版《ばん》写真の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)千九百七十[#「千九百七十」に傍点]

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   ゆかいな時代


 このゆかいな探険《たんけん》は、千九百七十[#「千九百七十」に傍点]何年だかにはじめられた。いいですか。
 探険家はだれかというと、川上一郎君、すなわちポコちゃんと、山《やま》ノ井《い》万造《まんぞう》君、すなわち千《せん》ちゃんと、この二人の少年だった。
 川上君は、顔がまるく、ほっぺたがゴムまりのようにふくらみ、目がとてもちいさくて、鼻がとびだしているので、まめタヌキのように、とてもあいきょうのある顔の少年だ。タヌキはポンポコポンであるから、それをりゃくして川上君のことを友だちはポコちゃんとよんでいる。とてものんきな、にぎやかな子どもだ。
 山ノ井君のほうは、顔が丸くなく、上下にのびていて、頭は大きく、あごの先がとがっていて、どこかヘチマに似《に》ている。ヘチマ君とよばないで、ヘチマのチを千《せん》とよみ、千ちゃんとよばれているが、それは山ノ井君はなかなか勉強がよくでき、友だちにしんせつで、級長をしているくらいだから、ヘチマとはよばないのだった。
 この二人はたいへん仲がよくて、いつも二人つながってあるいていたり、あそんだり勉強したりしている。だからこの二人が組んで、探険に出かけるのはもっとものことだ。
 探険――などというと、むかしはたいへん大じかけな、お金のうんといる事業のようにいわれたものだ。そのくせ探険のもくてき地はアフリカの密林の中とか、北極とかで、みんなこのせまい地球の上にある場所にすぎなかった。いまはそうではなく、探険といえば、たいてい地球の外にとびだしていくのだ。年号が千九百七十年代にはいると、世界中の人々がこの宇宙探険熱にとりつかれ、われもわれもと探険に出かけるようになった。探険がかんたんにできるようになったわけは、もちろん原子力エンジンが完成したせいである。
 原子力エンジンは、小型のものでも、何億馬力の力をだす。その原料はすこしでよい。昔はガソリンや石炭をつかっていたが、あんなものはうんとたいても、いくらの力も出やしない。原子力エンジンが世の中に出るようになってから、ガソリンも石炭もただみたいにやすくなったが、それは原子力エンジンにくらべると、たいへん能率のわるいエネルギーの源《みなもと》だからである。
 さて、わがポコちゃんと千ちゃんをここへつれてきて二人の話をきくことにしよう。
「もう知れちまったのですか。早いねえ。ええそうです。ぼくとポコちゃんとの二人で、この夏やすみの二カ月間を利用して、ちょっと月の世界を探険してこようと思うんです」
 そういったのは、千ちゃんだった。
「ほんとうはぼくは火星までいってみたいんだけれどねえ。こんどは日数がたりないので、だめさ」
 ポコちゃんは、小さい目をしばたいてそういった。
「月の世界にこれまでいったことがあるんですか」
 と、きいてみた。
「いいや、こんどが、はじめてです」
「どんなものを目的に探険するのですか。貴重な鉱石かなんかをさがしにいくんでしょう」
「そうじゃないんです。ぼくは、月がなぜあんなに冷《ひ》えてしまったかということをしらべたいと思うんです」
 千ちゃんは、そういってから、かたわらのポコちゃんのほうをゆびさして、
「しかしポコちゃんは、ぼくとちがった、べつな目的で探険するといっています」
「ポコちゃんの探険目的はなんですか」
「ぼくはね、ちょっとたいへんなんだよ。月の世界へいって、生物をさがすんだよ」
 ポコちゃんは肩をそびやかした。
「生物をさがす? だって月には生物がいないんでしょう。月は冷えきっているし、空気も水もないから、生物がいきていられないわけですね」
「それがね、ぼくは問題だと思うんだ。ほんとうに生物がいないかどうか、じっさい月の世界へいってよく探してみないことには、はっきりしたことはいえない。それにね、ぼくは前から、月の世界には生物がいるにちがいないと推理をたてているんだ」
「へえ、ポコちゃんだけですね、月の世界には生物がいるなどと考えているのは……。もっとも大昔は、月の中にウサギがすんでいて、もちをついているという話があったが、あれは伝説にすぎないですね」
「ぼくはそのウサギのことをいっているのじゃない。もっとすごいやつがいやしないかと思う。それで、むこうへいったら、どんどん地面を掘りさげて、月の生物をさがしてみるつもりなのさ」
 ポコちゃんのきばつな話は、そのへんでやめてもらい、もう一つきいてみた。
「こんどの探検では大宇宙をとぶわけですが、航空中になんぎをするような所はありませんか」
「やっぱりいちばんくるしいのは、重力平衡圏《じゅうりょくへいこうけん》を通りぬけるときでしょうね。もしぼくたちの宇宙艇の力がたりなくなったり、エンジンが故障になると、宇宙艇は前へも後へも進むことができなくなり、永遠にその宇宙の墓場《はかば》につながれてしまうでしょう。ぼくはしんぱいしています」
「なあに、だいじょうぶさ。故障さえおこらなければ、すうすうと通っちまうさ。今からしんぱいしてもしかたがない。そこへいって、いっしょうけんめいやればうまくいくよ」
「だがね、ポコちゃん。重力平衡圏というものはもっとおそろしい場所だと思うよ。北極や南極の近くには、氷山が、ぶかぶか浮いていて、船に衝突してしずめてしまように、あの重力平衡圏には、おそろしくでっかい宇宙塵《うちゅうじん》がごろごろしていて、ぼくたちの宇宙艇がそれにぶつかろうものなら、たちまちこなごなになってしまうと思うよ。だからそのへんを宇宙の墓場といってみんなおそれているんだ」
「なあに、そこへ近づいたら、ぼくがうまく宇宙艇を操縦して宇宙の墓場を安全に通してあげるよ。千ちゃん、きみみたいに前からしんぱいばかりしていたら、ますますきみの顔が青くなってヘチ……いや、ごほん、ごほん」
「なんだって。ヘチがどうしたって。その下にもう一字くっつけたいんだろう」
「マあいいや。ごほん、ごほん」
「あっ、とうとういったな、こいつ……」


   カモシカ号出発


 二人ののりこんだ宇宙艇カモシカ号は、ついに地球をけって、大空へ向けてとびあがった。
 時刻《じこく》は午前五時十五分。場所は東京新星空港だ。
 すばらしいカモシカ号の雄姿《ゆうし》!
 流線型の頭をもった艇の主体。そのまんなかあたりから、長くうしろへむけてひろがっているこうもりのような翼《つばさ》が三枚。艇のぜんたいは螢光色《けいこうしょく》にぬられていて、目がさめるほどうつくしい。尾部《びぶ》からと、翼端《よくたん》からと、黄いろをおびたガスが、滝のようにふきだし、うしろにきれいな縞目《しまめ》の雲をひいている。そしてぐんぐん空高くまいあがっていく。
 そのカモシカ号の艇の内部をのぞいてみよう。
(テレビジョンじかけで、艇のもようは、たえず地上へ向けて放送されている)。
 艇のまるい頭部の中に、二つならんだ操縦席がある。右の席にはポコちゃんが、左の席には千ちゃんが腰をふかくうずめている。
 操縦席と計器盤と自動式操縦ボタンとが、鋼鉄製《こうてつせい》の大きなかごのようなものの中にとりつけられている。そのかごは、外側に二本の軸がとびだし、それがかごをとりまく大きいじょうぶな輪《わ》の軸受けあなへはいっている。その輪には、おなじような二本の軸がとびだし、かごの軸と九十度ちがった方角へでていて、それが外側にあるもう一つの大きなじょうぶな輪の軸受けあなへはいっている。そしていちばん外側の輪は、しっかりと艇のかべにとりつけられている。
 つまり、昔からあるらしん[#「らしん」に傍点]儀《ぎ》のとりつけかたとおなじである。そのとりつけかたをすると、船がどんなにかたむいても、らしん[#「らしん」に傍点]儀の表だけはちゃんと水平にたもたれるのだ。――カモシカ号の操縦者とともに、いつも重力の方向にじっとしていて、横にかたむいたり、さかさになったりしないようにたくみに設計されているのであった。
 だから宇宙艇カモシカ号がまっすぐに上昇しようと、水平方向にとぼうと、あるいはまた宙がえりをしようと、操縦席はいつも直立不動で、操縦席にいる人間は家の中でいすに腰をかけてじっとしているのと同じことであって、たいへんらくである。
 そのかわり宇宙艇の頭は、すきとおったあつい有機ガラスと、じょうぶな鋼鉄のわくとをくみあわせて、半球形《はんきゅうけい》になっていて、操縦席がどっちへむこうとも、いつでも艇の外が見られるようになっている。
 艇は、垂直《すいちょく》に上昇をつづけている。
 太陽の光りはあかるく円屋根《まるやね》の左の窓からさしこんでいる。
 高度は、今しがた七千メートルを高度計のめもり[#「めもり」に傍点]がしめした。
 下界《げかい》は、はばのひろい濃いみどり色のもうせんをしいたように見え、そのもうせんの両側にガラスのような色を見せているのは海にちがいない。まるで白い綿をちぎったような小さな雲のきれが、艇と下界のあいだに浮いて、じっと、うごかないように見える。
「千ちゃん、たいくつだね。下界のラジオでもかけようか」
「うん。どこか軽快な音楽をやっている局をつかまえてくれよ」
「ああ、さんせいだね」
 ポコちゃんが短波ラジオのダイヤルをぐるぐるまわしていると、アメリカのラジオ・シチーの明かるい放送がはいってきた。
 二人がそれにききいっているうちに、高度はどんどんあがっていく。そして空がだんだん暗さをます。
 やがて星がきらきらかがやきはじめる。
「ポコちゃん、いつのまにかほくたちは成層圏《せいそうけん》へたっしたよ。ほら、空が暗くなってまるで夕方になったようだ」
 千ちゃんが指をてんじょうの方へむけていう。が、ポコちゃん、へんじをしない。それもそのはず、ポコちゃんは音楽をききながらいい気もちになってねむってしまったのだ。
「おやおや、のんきな坊やだなあ」
 そういっているとき、へんなこえが頭の上にした。
「もしもしカモシカ号。もしもしカモシカ号……」
 あ、下界からの超短波の無線電話のよびだしだ。
「ああ、こちらはカモシカ号です。山ノ井万造です。あなたはどなたですか」
「おお、カモシカ号ですね。ぶじですか。みんなしんぱいしていたところです。こっちは東京放送局の中継室ですが……」
「ぼくたちは元気です。しんぱいはいらんです」
「でもね、さっきから――そうです、四十分ほど前からこっちへずっとカモシカ号からのテレビジョンがとまっているのです。だからカモシカ号は空中分解でもしたんじゃないかと、しんぱいしていたわけです。だから超短波の無電でちょっとよびだしをかけたんです」
「こっちからのテレビジョンがとまっていますって。それは知らなかった。そんなはずはないんですがね。念のためにちょっとしらべますから、待っていてください」
 千ちゃんはふしぎに思って、テレビジョンの空中線回路へ監視燈《かんしとう》をつっこんでみると、燈《あかり》がつかない。なるほど電流が通っていない。やっぱりそうだったんだ。故障の箇所《かしょ》はどこだろうかと、千ちゃんは座席から立ちあがってはしごで下へおり、テレビジョン装置をしらべてみた。しかしアイコノスコープも発振器《はっしんき》もどこもわるくなさそうである。しかしテレビジョン電流はさっぱり出ないのだ。
 いよいよこれはへんである。千ちゃんはふたたびはしごをのぼって操縦席へもどってきた。このうえは、いい気持のポコちゃんをねむりからさまして、二人して故障箇所を早くさがそうと考え、となりの席で、ていねいに、おじぎをしたようなかっこうでいねむっているポコちゃんの肩へ手をかけようとしたとき、故障の原因がたちまちはっきりわかってしま
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