った。
「なあんだ。ポコちゃんが、自分のおでこで、テレビジョンのボタン・スイッチをおして“テレビ休止《きゅうし》”にしているじゃないか。困った坊やだ。おいポコちゃん、ポコちゃん。そうしていちゃこまるじゃないか」
 と、千ちゃんはポコちゃんの肩をもって、自動式操縦ボタンのパネル(盤)からひきはなした。しかしポコちゃんは、まだ目がさめないで、座席に深くおちこんだようなかっこうで、むにゃむにゃ、ぐうぐうぐう。
 千ちゃんはあきれながら“テレビ動作”のボタンをおす。するとテレビジョンはすぐさま働きだした。
「ああ、もしもしカモシカ号。そっちから送っているテレビジョンが受かるようになりました。ありがとう、ありがとう」
 下界の放送局のこえである。
「いや、どういたしまして。ぼくの顔が見えていますか」
「ああ、よく見えます。笑いましたね、いま。あなたは山ノ井君ですね」
「そうです、山ノ井です」
「もう一人の川上一郎君は健在《けんざい》ですか」
「はあ、健在です」
「では、川上君にちょっとテレビへ出てもらって、何かしゃべってもらってくれませんか」
「はいはい。しょうちしました」
 千ちゃんはそうこたえて、テレビジョンの送影口《そうえいぐち》をポコちゃんの方へむけて大うつしにして、
「おいおい、ポコちゃん。放送局のおじさんが、君になにかしゃべれってさ」
 と、肩をゆすぶって起しにかかる。
「……うん、むにゃむにゃむにゃ……。もうおイモはたくさんだよ。ナンキンマメがいい。あ、そのナンキンマメ、まってくれ。むにゃむにゃ……」
 と、ポコちゃんは、ねごとをいう。
「はははは、これはゆかいだ」
 と、放送局のアナウンサーは笑って、
「では、もう時間がきましたから、このへんでさよならします。次の連絡時間は十時かっきりということにねがいます。エヌ・エィチ・ケー」


   飛ぶ火の玉


 ポコちゃんがしぜんに、ねむりからさめたときには、艇の外はもうまっくらであった。
「あっ、あああーッ。いい気もちでねむった。――おやおや、もう日がくれたぞ。早いものだ。さっき朝だと思ったのに……」
 そういうポコちゃんの横の席では、千ちゃんがしきりに日記をつけている。
「あ、千ちゃんがいたよ」
 と、ポコちゃんはつまらないことを感心して、
「千ちゃん、今何時だい」
「今、十時三十分だ」
「十時三十分? 午後十時半かい」
「ちがうよ。午前十時三十分だよ」
「へんだね、それは……だって、外はまっくらで、星がきらきらかがやいているぜ。ま夜中の景色だよ、これは……」
「おい、しっかりしてくれ、ポコ君、いつまでねぼけているんだよ」
「ねぼけているって、このぼくがかい。ぼくがどうしてねぼけるもんか。千ちゃんこそねぼけているぞ。ぼくはねぼけてなぞいないから、たとえば、この高度計でもさ、はっきり読めるんだ。……おやおやおや」
 ポコちゃんは目をこすったり高度計のガラスぶたをなでたり。
「へえ、ほんとうかなあ、高度二万五千メートルだって……。すると成層圏のまん中あたりの高度だ……。そのあたりなら、大気がうすくて、水蒸気もないし、ごみもないから、太陽の光線が乱反射《らんはんしゃ》しない。それで昼間でも成層圏の中は暗い。ことに高度二万三千メートル以上となれば空は黒灰色《こくかいしょく》にみえるのである……と、“宇宙地理学”の教科書に書いてあったが、ははん、なるほどだ……」
 ねぼけていたとはいえ、もう夜中だ、などとばかなことをいったものだ。千ちゃんはそれに気がついたかなあ――と、ポコちゃんは、タヌキのやぶにらみという、みょうな目つきをして、となりの席の千ちゃんの方をうかがった。すると千ちゃんはまっすぐ顔をポコちゃんの方へ向けてにやにや笑っていた。
「あははは」
「わっはっはっはっ」
 二人は笑いあった。それぞれちがった笑いの原因によって笑った。
 カモシカ号の速度はかねて計算しておいたとおり、しだいにはやくなっていった。
 地上からいきなり早い速度で飛びだすことはきけんである。のっている人間は気がとおくなったり、ひどければ死ぬであろう。
 しかし地上を出るときは、わりあいゆっくりした速度でとびだし、それからだんだん速度をたかめていくと、のっている人間にはきけんをおよぼさないで、かなりたかい速度にすることができる。つまり人間のからだにこたえるのは、速度そのものではなく、速度のかわりかた――つまり加速度が、あるあたい[#「あたい」に傍点]以上になると、きけんをおこすのである。
 着陸のときにも同じことであるが、着陸の場合は、速度のへりかたが問題になる。
 なにしろカモシカ号としては、二カ月間に地球と月の間を往復し、そして月の世界を見物する日数も、この中にみこんでおかねばならないので、たいへん日がきゅうくつだ。したがって、地球と月の距離四千二百万キロメートルの往復を二十日ぐらいでやってしまいたい。そのためには、宇宙艇カモシカ号は、すくなくとも時速二十四五万キロメートルの、最大速度《トップ・スピード》をださねばならない。
 ガソリンのエンジンや、火薬利用のロケットを使ったのでは、今まではとてもこんなすごい速度はだせないが、原子力エンジンの完成された今日では、これだけの最大速度をだすことはよういである。人間が原子力を利用することができるようになったおかげで、それまでは、全く不可能とされていた、北氷洋とインド洋をつなぐ、大運河工事もできるようになり、また、土佐沖海底都《とさおきかいていと》のような大土木工事が成功し、それから地球外の宇宙旅行さえどんどんやれるようになったのだ。すばらしい原子力時代ではないか。じっさい二少年は、らくな気もちで、こうして宇宙を飛んでいるのだ。
 地上からはかった高度五万五千メートルあたりが、成層圏のおわりである。
 そこを通りこすと、大気はいよいようすくなって、地上の大気の四千分の一ぐらいとなる。もちろん艇の中では、たえず酸素をだす一方、空気をきれいにし、炭酸ガスをとっている。艇は気密室で、空気が外にもれないようにつくってあるが、このあたりまでくると、外の大気圧《たいきあつ》が低いからどこからともなく艇内の空気が外へぬけだす。だから艇中で酸素などをたえずおぎなってやらなければならない。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、どえらい音をたてて、艇がゆれた。
 音がしたのは、操縦席よりずっと後方にあたる艇の胴中へんと思われる。
「何だろう、千ちゃん」
 ポコちゃんは、小さい目をせいいっぱいひろげて、千ちゃんの腕をつかんだ。
「さあ、何だろう」
 千ちゃんにも、けんとうがつかない。
 が、音もしんどうもそのままおさまったし、計器盤を見わたしても、べつに異常はなさそうである。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、またもやひどい音がして、艇がきみわるくふるえた。
「あっ、また起った」
「へんだね、どうも」
「気もちがわるいね。きっとこのカモシカ号は空中分解するんだよ。ちと早すぎらあ」
「……」
 千ちゃんはポコちゃんにはこたえず、顔を前へつきだして、ガラス窓ごしに外をすかして見ていたが、このとき、さっと顔をかたくすると、
「ポコちゃん、あれを見ろ。外を見るんだ」
 とさけんで右手で外を指さしたが、その手をただちにパネルへもどして、操縦席にあかあかとついていた電燈を消した。
 たちまち二人のまわりはまっくら。
 千ちゃんはなぜ電燈を消したのだろうと思いながら、ポコちゃんは艇外へ目をやった。
 外は墨《すみ》をぼかしたようなまっくらな空。銀河が美しい。
 と、とつぜん、上の方からすぐ目の前におりてきた大きな赤い火の玉!
 みるみるうちにその火の玉は、まぶしいばかりにもえあがって下界の方へ。
 ガガガンの音はそのとき起った。
「何だろうね、今のは……」
 ポコちゃんは、青くなってさけんだ。
「いん石がもえながら飛んでいるんだ」
 くらやみの中に千ちゃんのこえがひびいた。


   危機脱出


「へえっ、あれが、いん石かい。すごいなあ」
 あまりものにおどろいたことのないポコちゃん川上少年も、艇外をひゅうひゅうととびかう鬼火のような、いん石群には、すっかりきもっ玉をうばわれた形であった。
 そのとき操縦当番の千ちゃん山ノ井少年は、ポコちゃんに答えようともせず、前のテレビジョンの映写幕面をにらみながら、汗をながして操縦かんをあやつっている。
「しかし、きれいなもんだなあ。両国《りょうごく》の川開《かわびらき》で大花火を見るよりはもっとすごいや。あっ、また一発、どすんとぶつかったな。いたい!」
 ポコちゃんは金属わくにいやというほど頭をぶっつけた。それっきり、かれはおしゃべりをやめた。それはしゃべっているさいちゅうにどすんときて、じぶんの舌をかみそうで、心配になったからだ。
 艇内はしばらくしずまりかえっていた。ただ聞えるのは、艇の後部ではたらいている原子力エンジンの爆発音の、にぶいひびきだけだった。
 そういう状態が十五分ほどつづいたあとで、山ノ井はスイッチを自動操縦の方へ切りかえて、操縦かんから手をはなした。そしてほっと大きな息をついて、となりの川上の方へ顔を向けた。
「ポコちゃん。ようやく流星群《りゅうせいぐん》を通りぬけたらしい。もう、だいじょうぶだろう」
「だいじょうぶかい。いん石があんな大きな火のかたまりだとは思わなかった。こわかったねえ」
「まったくこわかった。下界から空を見上げたところでは、流星なんか大したものに見えないけれど、今みたいにすぐそばを通られると、急行列車が五六本、一度にこちらへとんでくるような気がして、ひやっとしたよ」
 そういっている山ノ井のひたいから、汗のつぶがぼたぼたと流れおちた。
 原子力エンジンは、この宇宙艇で地球から月の世界をらくにおうふくさせてくれる。それがわかっていたから、二少年はカモシカ号に乗って地上をとびだしたわけである。しかしそれはかるはずみであったと、今になって気がついた。やはり本職の宇宙旅行案内人をやとっていっしょにこのカモシカ号に乗組んでもらうのがよかった。二少年のたのみの綱《つな》は、ある雑誌の増刊《ぞうかん》で、「月世界探検案内特別号」という本が一冊あるきりだった。
 その本によると――地上からの高度六十キロメートルから百三十キロメートルの間の空間において、いん石は空気とすれあって火をだしてとぶ、これすなわち流星である――と、かんたんに書いてあるだけだった。その流星の中には宇宙艇に命中して艇をこなごなにするような大きなものがあることや、それがとんで来たときにどうして艇を安全にすることができるか、などということはちっとも書いてなかった。
 だからここまで来たのはいいが、二少年はたいへん心ぼそくなってしまった。山ノ井の方はとくに心配をはじめた。
「やあ、あれは何だろう。大きな山が光ってみえるぜ、おい千ちゃん、あれを見な」
 川上が急に大きな声をだして、横の、のぞき窓に顔をおしつけて、わめきたてる。
 山ノ井は、はっとした。大きな山が光ってみえる。もしそれが大いん石であって、それに正面からぶつかられると、もうおしまいだ。かれは席からのびあがって、川上がのぞいているとなりに顔をおしつけて、外のようすをうかがった。
 うるしを流したようにまっ黒い大空。きらきらとダイヤモンドのように無数の星がきらめいている。ことに大銀河のうつくしさは、目もさめるようだ。その銀河が橋をかけているしたに、川上がさわぎたてる大きな光りの山があった。それは五色の光りのアルプスとでもいいたい。空中の博覧会の大イルミネーションだ。目をすえて見るとその五色の山脈はすこしずつ動いている。
「ああ、きれいだなあ」
 山ノ井は思わず嘆声《たんせい》をはなった。
「千ちゃん。きれいだなどと、見とれていていいのかい。あれは何だい。原子力のたつまきじゃあないのかい」
 原子力のたつまきなんて、そんなものがあるかどうか知らないが
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