のを、天文学者はなぜ知らないのでしょうか」
「すぐれた天文学者なら、みんな知っているよ、このジャンガラ星のことをね」
「いや、ぼくはジャンガラ星のことを天文学者から聞いたこともないし、本で読んだこともありませんがね」
「そりゃわかっている。地球の天文学者たちはみんな天文の知識が低いんだ。だい一このジャンガラ星を見わけるほどの倍率《ばいりつ》をもった望遠鏡さえ持っていないんだからねえ」
「ははあ、そうですか」
 ポコちゃんは顔が赤くなった。カロチ教授から、地球の学者は、知識が低いなどといわれると、自分まで文化の低い生物といわれたようで、はずかしくなる。
「われわれ地球人よりも、あなたがたの方がずっと知識が進んでいるのですね」
 そうでもなかろうが、カロチ教授がどう答えるかと思い、そう聞いてみた。
「そのとおりだ」教授は、はっきり答えた。
「その証拠《しょうこ》としては、たとえばわしは君たち日本人種の使っている日本語がよくわかるし、またちゃんと日本語で君と話をしている。しかし君はジャンガラ星語は知らない。わしは日本語の外《ほか》、アメリカ語でもフランス語でも何でもよく話せる。わしだけではない。わがジャンガラ星人なら、みなそうなんだ。われわれは地球人の知能のあまりにも低いのに深く同情する」
「な、なアるほど」
 ポコちゃんは小さい目をぐるぐるまわして消えてしまいそうであった。ジャンガラ星人はたしかに地球人類よりずっと高等生物らしい。「人間は万物の霊長《れいちょう》だ」などと、いばっていたのがはずかしい。


   迷子星自伝《まいこぼしじでん》


 カロチ教授が手を貸してくれて、ポコちゃんをささえながら、歩き方をおしえてくれた。そのおかげで、ポコちゃんは、ようやく滑らないで歩けるようになった。
 教授は、ポコちゃんに散歩をすすめた。散歩をしながら、知りたいことをたずねてよろしいということだった。
「あなたは、まさか地球へ来られたことはないんでしょうね」
 おばけの草花の林にそって、ポコちゃんは教授と歩きながら、ふとそのことをきいた。
「そうだね、わしが地球旅行をしたのはわずか十四五回ぐらいのもんだ」
「ええっ、なんですって、十四五回も地球へおいでになったんですか」
 ポコちゃんは、おどろきのあまり、自分の心臓がとまったように感じた。
「そのうち、日本を通ったのが三回だと記憶している」
「ほんとうですかねえ、失礼ながら、ぼくたちは、そんなニュースを一度も聞いたこともないし、あなたがたが銀座通りを歩いていられる写真を見たこともありませんが……」
「わしたちは無用に地球人をおどろかしたくないから、いつも地球人には見つからないように用意をしていくんだよ。そしてね、わしたちは地球をてっとり早く調査してだいたいのことはわかってしまったのさ。日本語だって、わしが二時間ばかりかかってすっかり調べあげて来たのさ。それをもととして、ほらこのとおりしゃべれるようになったのさ。わしの日本語の発音はまずいかね」
「いえ、どうしまして。なかなかおじょうずですよ。しかしどうして二時間ぐらいで日本語がすっかりわかっちまうのかなあ」
「それはね川上君、君たち地球人の低い頭能では説明してあげても、すぐにはわからないだろう。が、ちょっとだけいうとね、地球ではまださっぱり研究に手をつけていないが電波生理学というものがあって、それを使うとかんたんにできることなんだ」
「そうですかねえ」
 ポコちゃんは、そういうよりほかなかった。電波生理学なんて知らない学問だ。
「そうすると、とにかくあなたがたジャンガラ星人は、ぼくたち地球人より知能が進んでいるようですが、いったいどうしてそんなにかしこいのですか。あなたがたの方が地球人よりも年代が古いのですか」
「たいして年代が古いわけでもないがね。地球では、今から約七十五万年前に、サルからわかれて猿人《えんじん》が現れた。その後いろいろな猿人が現れ進化していったが、五十万年たったどき、新しく君たち人類の先祖がその中から現れた。それがだいたい今から二十五万年前だ。そうだったね」
「そうですね」
「ところがわしたちの先祖は、今から約三十万年前にガラガラ星の上に現れたんだ」
「ガラガラ星ですって」
「そうだ、ガラガラ星だ」
「ジャンガラ星ではないんですか」
「それとはちがう。始めはガラガラ星といって、たいへん大きな地球ぐらいの星だったんだ。ところが今から八千年前にそのガラガラ星は彗星《すいせい》と衝突してこわれちまった。そのとき砕《くだ》けた小さな破片《はへん》が、このジャンガラ星というものになったんだ。ジャンガラ星の大きさは――そうだ。日本の伊豆の大島よりは大きいが、淡路島《あわじしま》よりは小さいくらいだ。豆粒みたいな小さい星だ。そしていまだに宇宙をふらふら迷子になってとびまわっているという、きみょうな星なのさ」
 カロチ教授の話は、じつにかわった話であった。感心してしまったポコちゃんは、声も出ないで教授の異様な顔を見つめている。その教授は、話をするとき手をさかんに動かす。ことに第三の手――つまり背中からはえている手を、風に吹かれているのぼり[#「のぼり」に傍点]のように休みなく頭の上や顔の前に動かして語る。
「それはそれとして、われわれ星人のことだが、今もいったように、われらの先祖は約三十万年前に地上へ姿を現した。君たちより約五万年は早いわけだ。われわれの先祖が出る前は、海にすんでいたんだ。われらの先祖は海からはいあがって、陸上で生活するのを主とするようになった。そのころ、われわれにはこの第三の手が出来ていたんだ。これは背びれ[#「びれ」に傍点]から進化して、こんな手になったんだよ」
 そういってカロチ教授は、第三の手を伸び縮みさせながら、おもしろそうに動かしてみせた。そしていった。
「君たちは、こんな便利な手を持っていないので、まことに気のどくだね」
 ポコちゃんは、かえすことばもなく、カロチ教授の前にすくんでいる。
 いよいよきみょうなジャンガラ星である。つぎはどんなことにおどろかされるのだろうか。星人はどこまで人類より高等なのであろうか。ポコちゃんは、どんなめにあうか。千ちゃんはどうしているのか。


   すごい計画


 ポコちゃんの川上一郎と、ジャンガラ星のカロチ教授とはかたをならべてあるいたが、そのうちに二人は、小高い丘をのぼりきった。そこでポコちゃんは、はじめてお目にかかる、いようなジャンガラ星の風景におどろきの声をあげてしまった。
「やあ、すごいなあ。地平線があんなにまるくまがってらあ」
 なにしろ小さいジャンガラ星のことであるから、丘の上に立つと、星が球形《きゅうけい》になっているのがわかるのだった。りくつから考えるとあたりまえのことだが、じっさいにそれを目で見ると、きみょうなながめであった。シャボン玉の上にのっているような気がする。
 地形《ちけい》は起伏《きふく》があり、多くは、れいのタンポポみたいなふしぎな木がむらがって樹海《じゅかい》をつくっている。その間に、ハチの巣のような家がてんてんと散らばっている。おとぎの国へきたアリスのような気がするポコちゃんだった。
 右手よりに、タンポポの樹海のこずえ越《ご》しに巨大なラッパの頭のようなものが大小十何個、ぬっと出ている。まん中にあるものがいちばん太く、そのまわりに並んでいるものは外がわへいくほど細くなっている。ラッパだろうか。いやあんな大きなラッパがあるものか。では、煙突であろうか。煙突にしては、形がへんだし、あんなに一つところにあつまっている煙突なんて話に聞いたことがない。まるで、キノコ[#「キノコ」に傍点]がかたまってはえているように見えるそれは、まぶしく金色に光っている。
「あれは何ですか、カロチ教授」
 川上は、そばに立っている教授にきく。
「ああ、あれですか。あれはいま建設中の噴気孔《ふんきこう》です」
 教授は、大きな目玉をぐるっと動かして川上の方をみる。
「噴気孔ですって。それは何をするものですか。煙突ではないのですか」
「煙突ではない。噴気孔というのは、あそこから強いガスをふきだすのです」
「なんのためにそんなことをするのですか」
 ロケットじゃあるまいし、ガスを空へふきあげてどうするのであろうか。むだではないか。
「ロケットというものを知っているでしょう。あれですよ」
 教授のことばは意外だ。
「ロケット? どこにロケットがあるのですか。ロケットの噴気孔なら、空に向いていてはおかしいですね。ロケットの噴気はおしりから出るんだから、あのかたちではロケットは空へとびあがるどころか、ますます大地の中へもぐりこむではありませんか」
「ふふふ」と教授は笑った。
「あれでいいのです。なぜといって、あの噴気孔からガスをふきだせば、このジャンガラ星が前進するのです。おわかりかな」
「ええッ、なんですって」
 川上は、おどろいて聞きなおした。
「つまり、このジャンガラ星が自力で宇宙を旅行することができるように、あれをいま取付け中なんですわい。そうでもしないことには、ジャンガラ星はいつまでも月の周囲をぐるぐるまわっている劣等星《れっとうせい》でがまんしなければならぬ。それでは、われわれはとても満足できないですからね」
 教授は、大きな計画を語った。川上はすっかりおどろいてしまった。
「でも……でも、いくら豆つぶみたいな星でも、星を動かすには、たいへんな力がいるわけでしょう。その原動力はどうしますか」
「知っているじゃないですか、川上君。原子力というものを使えば、そんなことはわけなくできる」
「ははあ、あなたがたもやっぱり原子力を利用されますかね」
「原子力利用は、われわれ星人の方が地球人類よりも、やく百年前にはじめました」
「百年前ですか。ずいぶん前のことですね」
「いや、百年なんか、ほんの短いものだ。地球人類よりも五万年もさきに生まれたわれわれ星人が、原子力を利用することでは、人類よりもわずか百年しか先んじなかったことを、むしろはずかしいと思いますね」
 教授は、地球人類に敬意を示しているようだ。
 そのときポコちゃんは、重大なことを思いだした。
「もしもしカロチ教授。ぼくの仲間の千ちゃんを知りませんか、山ノ井君のことですがね。ぼくと一しょにカモシカ号というロケットに乗って、このジャンガラ星の上に不時着したはずなんですが……」
 教授はしばらくだまっていた。その末に、つぎのようにこたえた。
「山ノ井は悪い人間だ。かれは、いま追跡されている。まだつかまらない」
 なんという意外な話だろう。ポコちゃんはあきれてしまって、すぐには口がきけなかった。なぜ千ちゃんは悪人だと思われているのか。


   カモシカ号のさいご


「なぜです。どうしたというんです。千ちゃんはどんな悪いことをしましたか」
 ただ山ノ井少年にたよる気持でいっぱいの川上ポコちゃんだった。そのなつかしい友の消息がわかったのはうれしいが、この星人たちから悪人だと思われているとは、なんという残念なことだ。
 このジャンガラ星から脱出するのには、千ちゃんがいてくれて、二人で力をあわせるのでなければ、とても成功はのぞめない。ことに機械学や天文学のことになると、千ちゃんがくわしいので、ぜひいてもらわないと困る。その千ちゃんが、ジャンガラ星人に追われているとは、なんということだ。
「ああその……つまり山ノ井なる地球人は、貴重なる多数の生命をうばった、にくむべき凶悪犯人《きょうあくはんにん》である。しかもいまなお、かれは暴行をはたらいている。かれのためにうばい去られた生命は、ますますふえつつある。……どうです。なんとポコちゃん、あの人間は凶悪なるやつではありませんか」
 カロチ教授から聞いた話は、川上にとってはまったく意外だった。あのおとなしい千ちゃんが、そんなひどい人殺しをするとは、どうしても考えられないのだった。
「ほんとうですか、それは……」
「もう何もかも君に話します。まったくほんとうなので
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