う。君たちに救われるとはなんという幸運だろう」
 博士は、ことばすくなにこたえました。
「大利根博士、僕はもうすこしで貴方《あなた》にとびかかるところでしたよ。なぜって、博士はさっき怪塔王のおちたその岩の割れ目から出てこられたものですから、僕はてっきり怪塔王が息をふきかえし、匐いだしたことと早合点したのです。ほんとにあぶないところでした」
「うん、こっちも驚いたよ。いきなり君に声をかけられたのでね」
 そこで帆村探偵は、言葉をあらため、
「博士、貴方は今までどこに起伏《おきふし》していらっしゃったのですか」
 と尋ねた。
「うん、それはその、何だよ。君も知っているだろうとおもうが、われわれが今立っているところの下に、海底牢獄がある。それは皆で五つ六つあるそうだが、その一つに押しこめられていたのだ。そこを何とかして逃げたいといろいろ計略をめぐらした結果、やっと今日は逃げだすことができたのだ。こんなにうれしいことはない」
「そうでしょうとも。お察しします。博士が無事だということが内地に知れわたると、皆びっくりすることでしょう。そしてどんなによろこぶかしれません」
 それを聞くと、博士はほっとため息をついて、うなずきました。

     5

「それで博士、貴方が、その岩をこっちへのぼっておいでになるとき、怪塔王の悲鳴をお聞きになりませんでしたか」
 帆村探偵は、さっきから聞きたいとおもっていたことを大利根博士に問いただしました。
 すると博士は、大きくうなずき、
「ああ、たしかに聞いたとも。たいへんな声が頭の上で聞えた。と思うと、人間が上から降ってきて、谷底へおちて行った。あれが怪塔王だったのか」
 帆村は、それを聞いて目をかがやかし、
「ああ、博士もそれを御覧になったのですか。それは幸でした。それで怪塔王は、結局どのような最期をとげましたでしょうか」
「うん、それは――」と博士は、くるっと目をうごかし、「それははっきり覚えていないが、なんでもその怪塔王の体は、谷底の岩の上に叩きつけられた。そのとき、くるしそうな声を出した。そこで岩につかまっていたわしは、こわごわ下をのぞいた、ところがそのとき怪塔王の姿は、岩の上になかった」
「ほほう、すると怪塔王は逃げたのでしょうか」
「いや、そうではないよ」と博士はつよく首をふって、「怪塔王の体は一たん岩にあたってから、勢あまってはねあがり、ざんぶと水中におちたのだ.あそこは、とても逃げられるようなところではない。尖《とが》った岩の間を縫《ぬ》って、冷たいまっくろな海水が、渦をまいて行ったり来たりしている。この世の地獄みたいな洞穴なんだ。怪塔王とて、とても助りっこはないのだ」
 博士は、怪塔王の死をかたく信じている。
 帆村探偵は、大きくうなずき、
「なるほど、そこに見える岩の割れ目のむこうは、そういう恐しいところなのですか。しかし悪運つよい怪塔王のことですから、ひょっとするとふしぎに一命を助っていないものでもありません。これから僕は谷底へ下りて、怪塔王の死体が浮いていないか、調べてみます」


   滑《すべ》る断崖《だんがい》



     1

 帆村探偵は、あくまで怪塔王の死をつきとめる決心でありました。いま大利根博士の語ったところによると、怪塔王は岩の上に落ちて体をひどくうち、それからまっくろな海水が渦をまいている淵《ふち》へおちたといいますが、帆村は、一応どうしても自分でしらべる気です。
「大利根博士、では、案内してくださいませんか」
「そうだね、わしはひどくつかれているのだが――」
 と博士は口ごもりましたが、やがて思いなおしたように、
「うん、よろしい。外ならぬ遠来の珍客のことだから、案内してあげよう。こっちへ来なさい。ここから下りるのだ」
 博士は魚油灯をもって先に立ち、はやそろそろと岩根づたいに下りていきます。
 帆村探偵は、はじめて見るおそろしい断崖に、目まいを感じながら、博士につづいてそろそろと下りました。
 博士は、なかなか元気で、先に立って、するすると下りていきます。ともすれば帆村は遅れてしまいそうです。
(博士は元気だなあ。それに、この洞穴のことをよく知りぬいているようだ)
 帆村は、心の中でひそかに感心いたしました。
 博士の魚油灯は、すでに断崖を下りきって、洞穴の底にある岩のうえで、うすぼんやりした光を放っています。
 このとき、博士の目がきらりと光りました。博士の目は、今しも岩根につかまって、下りることに夢中になっている帆村の上に、じっととまっていました。帆村は、博士がそんな恐しい目つきをして、こっちを睨《にら》んでいるとは気がつきません。
「あっ、しまった」
 一声、帆村が叫びました。
 彼は、濡《ぬ》れた岩根を、あっという間に足をふみすべらし、ずるずる
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