怪塔王
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)怪塔王《かいとうおう》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)その上|怪《あや》しい

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ひとを笑わせるひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]だの、
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   怪老人



     1

 怪塔王《かいとうおう》という不思議な顔をした人が、いつごろから居《い》たのか、それは誰も知りません。
 一彦《かずひこ》とミチ子の兄妹《きょうだい》が、その怪塔王をはじめてみたのは、ついこの夏のはじめでありました。
 そこは千葉県の九十九里浜《くじゅうくりはま》というたいへん長い海べりでありました。一彦は中学の一年生であり、ミチ子は尋常《じんじょう》の四年生でした。二人は夏休がはじまると、まもなくこの九十九里浜へまいりました。
 二人はたいへんふしあわせな兄妹で、小さいときに両親をうしないました。そののちは、帆村荘六《ほむらそうろく》という年のわかいおじさんにひきとられ、そこから東京の学校にも通わせてもらっていました。
 帆村荘六というと、ご存じのかたもあるでしょうが、有名な青年探偵です。帆村探偵という名は、きっとどこかでお聞きになったでしょう。荘六おじさんは機械のことになかなかくわしい人です。理学士だそうですからね。
 荘六おじさんは、夏休をむかえた兄妹を、この九十九里浜にある別荘へ遊びにやってくれました。
 九十九里浜は、なかなか景色のいいところです。そして実にひろびろとしたところで、さびしいくらいのものです。
 怪塔王に出会ったのは、一彦とミチ子がここへきてから、二三日のちのことでありました。兄妹が、波うち際《ぎわ》で、貝がらをひろって遊んでいますと、うしろでざくりざくりと砂を踏む音がするではありませんか。
「だれかしらん」
 と、うしろをふりかえってみると、背のひょろたかい一人の老人が、腰を曲げてよぼよぼと歩いていきます。肩には何がはいっているのか、大きな袋をしょっていました。
 一彦は、そのとき下から老人の顔をちらと見上げましたが、おやと思いました。なぜといえば、その老人の顔がいかにも奇妙な顔だったからです。

     2

 砂の上をざくざくと歩いてゆく老人の顔が、たいへん奇妙だったといいましても、決してこわい顔だの、おそろしい顔ではありません。
 いや、むしろおそろしいの反対で、ずいぶん滑稽《こっけい》な顔なのです。それは、よくお祭のときなどに、つくり舞台のまんなかへ出てきて滑稽なことをやってひとを笑わせるひょっとこ[#「ひょっとこ」に傍点]だの、汐《しお》ふき[#「ふき」に傍点]だのというおかしい面をかぶった者がありますが、そのうちであの口のとんがった汐ふきそっくりの顔をしていたのです。
(あははは、おかしいな)
 と笑おうとした一彦でしたけれど、老人を笑うなんてよくないと思って、あわてて笑《わらい》をかみころしました。
 汐ふき顔の老人は、なんにも気がつかないという風に、兄妹のうしろをとおりすぎました。そしてどこまで行くのか、袋を肩にかついだままとぼとぼと浜づたいに向こうへいってしまいました。
「ミチ子、いまのお爺《じい》さんの顔を見た」
「ええ見たわ。口が狐のようにとんがって、ずいぶんおかしかったわ。兄さんも見たの」
「うん、僕も見たとも。笑いたくてね、それをこらえるのにとても困っちゃったよ。あはは」
「おほほほ」
「ミチ子、ちょっと兄さんが真似《まね》をしてみせようか。ほら、こんな具合に――」
 と、一彦が口をとがらせ、腰を曲げてよぼよぼと老人の通った砂の上を歩いてみせますと、ミチ子はおなかを抱《かか》えて、ほほほほと笑い転げました。
 ミチ子はあまり笑いすぎて、息ができないくらいでしたが、そのうちに兄の一彦があまり静かにしているので、はっと思いました。
「兄さん、どうしたの」
 一彦は返事もしないで、腰をかがめてじっと砂の上を見つめています。
「ミチ子、来てごらん。変なものが――」

     3

「ミチ子、来てごらん。変なものが――」
 という一彦の声に、ミチ子はいきなり胸をつかれたようにびっくりし、兄のそばへとんでゆきました。
「ほーら、こんなものが落ちている」
 と一彦が指さすところを見ると、砂の上に妙な形をした鍵《かぎ》が一つ落ちていました。
「あら、鍵ね」
 鍵にはちがいないが、普通の鍵の十倍ぐらい大きいようでした。色はまっくろで、鍵の切りこんだ牙《きば》みたいなところが、まるで西洋のお城の塔のような形をしています。その上|怪《あや》しいのは、その鍵を握《にぎ》るところについている彫《ほ》りものです。それはよく見ると猿の頭の形になっていました。その
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