水のうちよせてくる洞穴があるらしくおもわれます。帆村は、まだそのような洞穴の在所《ありか》を知りませんでした。
 ばさばさばさばさ。
 急に、はげしい羽ばたきが頭の上に聞えて、怪鳥がとびこんできました。
「おや」
 帆村は、びっくりして立ちあがりました。こんどは怪鳥がびっくりして、またばさばさばさと羽ばたきをして、向こうへにげていきました。
 怪鳥は、怪塔王が身をなげた岩の割れ目へとびこみましたが、しばらくすると、「けけけけ」と、聞くのもぞっとするような啼声《なきごえ》をたてて、また帆村のいる方へ、とびもどってまいりました。
(どうも様子が変だぞ。油断はできない)
 と、帆村ははっと身を起して、岩かげに身をひそめました。
 すると、どうでしょう。岩の割れ目が、ぼーっと明かるくなって来ました。なんだか向こうで火が燃えているようです。はてな?

     2

 岩の割れ目の向こうが明かるくなったのは、なぜでしょうか。
 帆村探偵は、岩かげに身をひそめ、目ばたきもせず、その方を見つめていました。
 すると、やがて岩の割れ目から、手提灯《てぢょうちん》が一つ現れました。それは、西洋の漁夫などがよく持っている魚油を燃やしてあかりを出すという古風な魚油灯でありました。
 その魚油灯は、一本の腕に支えられています。
 誰でしょうか?
 すると、こんどは一つの頭が、割れ目の向こうに現れました。帆村探偵は、息をこらして、なおもじっと監視していました。
 怪人物は、魚油灯を高くかかげて、岩窟のなかをしきりに照らしてみております。なかなか用心ぶかいやり方でありました。
 帆村はそのとき、魚油灯に照らしだされた怪人物の顔を、はっきり見ることができました。
「あっ――」
 なぜか帆村は、びっくりしました。岩をだいている彼の腕が、がたがたふるえるのが、自分にもわかったほどの驚きぶりです。
 それは、どうやら帆村の知っている人物であったと見えます。しかもすこぶる意外の人物であったらしいのです。それは一体、誰だったでありましょうか。
 怪人物は、岩窟内に誰もいないことをたしかめると、ついにその岩の割れ目から匐《は》いあがってまいりました。そしてなおもあたりに気をくばりながら、なにかしきりに考えごとをしているらしいのです。
 そのときです。帆村は岩かげからとびだしました。そして怪人物の前に、ぱっと躍《おど》りでたのです。
「おお、大利根博士!」
「えっ!」

     3

「大利根博士!」
 と声をかけられて、相手はびっくり仰天《ぎょうてん》しました。思わずたじたじと、体をうしろにひきましたが、あっあぶない! そこにはさきに怪塔王の墜落した岩の割れ目があります。
「だ、誰じゃな」
 博士は、しわがれた声で、口ごもりながらいいました。そして手をうしろへまわして、しきりに岩をさぐっています。逃路《みげみち》があれば、逃げるつもりとみえます。
「あははは、博士はご存じないかもしれませんが、僕は帆村荘六という探偵です。博士のお行方を心配して、ここまでやってきたものです。お見うけしたところ、僕たちの心配していたのとはちがって一まずご無事らしいのは、なによりうれしいことです」
 帆村は博士を見つけたうれしさに、じつはもう胸をわくわくさせていたのです。博士の手を握って、ありったけの喜びの言葉をのべたいとおもいました。なにしろわが国にとって国宝的な学者といわれる博士、そして十中八九まで死んだものと信ぜられていた博士を、ついにさがしだしたのですから、帆村の興奮するのも決して無理ではありません。しかし彼は、あまりに博士をおどろかせてもとおもい、飛びたつばかりのわれとわが心を、できるだけこらえている次第でありました。
「ああ、帆村探偵か。いつか、どこかで聞いたことのある名前じゃ。私をさがしに来てくれたとは、まことにありがたいことじゃ。しかし、いきなり前にとびだされたのにはおどろいたぞ。うふふふ」
 大利根博士は、やっと気がおちついたようであります。
「博士は、一体どうなすって、この白骨島へおいでになったのですか」
 帆村は、いままで気にかかっていたことをたずねました。
「な、なぜ、この白骨島へきたかと聞くのか。そ、それはじゃ、つまりそれは、あの憎むべきところの怪塔王の仕業じゃ」

     4

 岩窟内での、めずらしい対面!
 大利根博士とむかいあって、帆村探偵の胸はまだおどりつづけています。博士の説明によりますと、博士は怪塔王のため、ここへつれこまれたということです。
「それはずいぶんお苦しみのことだったでしょう。僕たちが見つけた以上は、身をもっておまもりします。ご安心ください」
 帆村は、博士をなぐさめるために、そういわないではいられませんでした。
「ああ、どうもありがと
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