した。二人が室内にとびこむと同時に、どういう仕掛があるのか、室内にはぱっと明かるく電灯がつきました。
「うむ、なにからなにまで、最新式に作ってある」
 塩田大尉は、感心しました。
「なぜ、こんな秘密室がこしらえてあるのでしょうかねえ」
「さあ、どういうわけだろうね。帆村探偵がいればすぐわかるだろうに」
 といって、塩田大尉は、室内をみまわしました。ここはがらんとした室で、なんにもおいてありません。
「なんにも物がおいてないというのは、へんだね」
「へんですね。秘密室の中を、わざわざ空部屋にしておくなんて、へんですね」
 一彦は、少年探偵きどりでいいました。


   血痕《けっこん》の行方



     1

「塩田大尉。これは、やはりなんかもっとたいへんな仕掛があるのじゃないでしょうか」
 と、一彦少年は、がらんとした秘密室内をみまわしながらいいました。彼はいつの間に覚えたか、帆村の探偵術をまねしているようです。
「うん、なるほど。じゃあ一彦君、君はそっちをさがしてみたまえ、私はこっちをさがしてみよう」
 塩田大尉と一彦とは、左右にわかれて、室内をさがしはじめました。
 一彦は、腰をかがめて、床をなめんばかりにして見てあるいています。すると彼は、床の上に、黒ずんだ点々が、ぽたりぽたりとついているのを発見しました。
「あっ、へんなものが――」
 と一彦がさけぶと、塩田大尉は、すぐとんで来ました。
「なんだ、一彦君。へんなものって、なにかあったのかね」
「ここにあるんです。黒ずんだ点々が、ずっとむこうまでつづいています」
「ほう、これか」
 と、塩田大尉は床にしゃがみ、その黒ずんだ点々の一つを指先でつぶしてみました。
 それは、ぐちゃりとつぶれました。そして赤黒い汁が、わずかとびだしました。
「ふん、これは怪しいぞ」
 塩田大尉は、指のさきを鼻のさきにもっていきました。ぷうんと、生ぐさいにおいが、塩田大尉の鼻をうちました。
「あっ、これは血だ。血のにおいだ!」
「えっ、血ですか」
 さあ、たいへんなものを見つけました。大利根博士邸の秘密室にこぼれていた古い血だまりは、一体なにを語るのでしょうか。
 大利根博士は、どこへ行ってしまったのでしょうか。この血だまりのあることを知っているのでしょうか。
 塩田大尉と一彦とは、しばらく無言で顔を見あわせていました。

     2

 大利根博士の秘密室に、点々と床をよごしている血のあと!
 一彦少年はびっくりしましたが、その血の点々がどこへつづいているのかと、それをたどっていきますと、やがてそれは奥まった室の隅《すみ》のところで、とまっていました。
「塩田大尉、血はここでとまっていますよ」
「なるほど、これから先は、どこへいっているのだろうかなあ」
 二人は、その室の隅をいろいろとさがしてみました。するとその壁の一番隅っこに、一銭銅貨を五つ並べたぐらいの大きさの、お猿の面がはりつけてありました。
「おや、こんなものがありますよ」
「どれどれ。ほう、お猿の顔の彫《ほ》りものらしいが、このがらんとした部屋には似あわしからぬ飾りものだね」
 そのお猿の面は、鉄かなにかでできていました。
「一体これはなんでしょうね」
 一彦は、お猿の面をいじってみました。ひっぱってみましたが、とれません。しかし、横にひっぱってみますと、お猿の面がうごきました。そして下から、思いがけなく鍵穴があらわれました。たいへん大きな鍵穴でありました。
「おやおや、こんなところに鍵穴がありますよ」
 塩田大尉も、そこへしゃがんで顔を前へつきだしました。
「なるほど、これは大発見だ。たしかに鍵穴にちがいないが、こんなところに鍵穴があるなんて、どういう仕掛になっているんだろう。しかし、みたまえ一彦君、この鍵穴はずいぶん大きいね。よほど特別製の大きな鍵をつかうのだ。どっかに、その鍵がおちていないかなあ」
 そういって大尉は、室内をまたきょろきょろみまわします。
 一彦は、それには答えないで、じっとその大きな鍵穴をみつめていました。

     3

 お猿の面の下にある大きな鍵穴!
 一彦少年は、しきりに考えています。
(どこかで、見たことのあるような鍵穴だが――)
 そのうしろに、塩田大尉の靴音が、こつこつこつときこえてまいりました。
「ざんねんだなあ。どこにもそんな大きな鍵はおちていやしないよ、一彦君」
「あっ、そうだ!」
 そのとき一彦は、とびあがって、さけびました。
「この鍵は、僕が持っています」
 塩田大尉は、びっくりしました。
「えっ、なんだって。君がこの鍵を持っているって」
「そうです。いまやっと思い出しました。これはあのお猿の鍵がはいるのにちがいありません」
「なに、お猿の鍵だって」
「ええ、そうです。それはね、
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