ません。そんなことをやれば、たちまち墜落です。
 青江三空曹は、ついに綱わたりをあきらめて、体をしきりにくねくねさせています。なんとかして服に燃えついた火を消したいとおもい、必死の努力をつづけていますが、風はいよいよあらく、火は燃えさかる一方です。あわれ青江三空曹も、いさましく怪塔に進撃の途中で、火だるまになって焼け死ぬかとおもわれたその時――
「おい青江、がんばれ」
 とつぜん、青江の耳になつかしい声がきこえました。
「おお」
 とふりかえって見ると、おもいがけなく自分のうしろに、いつ来たのか小浜兵曹長がやはり綱にぶらさがって、こっちへ近づいて来るではありませんか。
「ああ、上官」
 青江の瞼《まぶた》から、あつい涙がはらはらとこぼれおちました。部下をおもう小浜兵曹長のあつい心に感激した涙でありました。
「おい青江、力をおとすな。おれが火を消してやるから、もうしばらくの辛抱《しんぼう》だ」
 と叫んだのですが、はたして兵曹長は、火だるまになった青江をすくうことができるでしょうか。


   あわてる怪塔王



     1

 怪塔にわたしかけた一本の麻綱に、あぶない生命を託してぶらさがっている青江・小浜の二勇士の姿を、もし誰か同胞が見たとすると、彼は腸《はらわた》をかきむしられるようなくるしさにおそわれずにはすみますまい。
 怪塔王は、このありさまを怪塔の窓から、見おろし、ますます狼狽《ろうばい》のいろをあらわしています。そしてなお磁力砲を腕にかかえこんで、ひねくりまわしていますが、あわてているので、なかなかおもうようなところへ怪力線をあてることができません。
 ただ一回、まぐれあたりか、怪力線がぱっと青江機の車輪をささえている金具にあたりました。
 すると、おそろしいもので、その金具はたちまち青い焔をあげてとろとろと溶けてしまいました。車輪は、ささえがなくなったので、下へくるくるまわりながら、おちていきました。
 磁力砲が、金具にひどい熱をあたえ、人間の体にはそれほど熱をあたえないのは、この場合二勇士のため、まだしもの仕合わせでありました。
「もう一息だ。青江、がまんをしていろよ」
 つよい小浜兵曹長は、はげしい空気の流《ながれ》にもひるまず、たったったっと綱にぶらさがって、青江三空曹のそばに近づきました。
「小浜兵曹長――」
「おお青江、気をゆるめちゃいかんぞ。死ぬなら、おれがよろしいというまで死んじゃならんぞ」
 たいへんな命令をだす兵曹長です。
 そのうちに彼はついに、青江三空曹の下っているところにつきました。
「おい、青江、火をけしてやるぞ」
「そんなことができますか」
「なあに、きっと消してやる」
 小浜兵曹長は、水のはいった革ぶくろの底をゆわえてあった紐を口でくわえ、首をまげてぐっとひっぱりました。ふくろは逆さになり、破れ目から水が滝のようにふきだしました。

     2

 なんという奇抜な考えでしょう。
 小浜兵曹長は、首と手首とをうまくうごかして、革ぶくろの底をゆわえてあった紐をひっぱり、ふくろの中の水を、革ぶくろの破れ目から滝のように噴出《ふきだ》させました。
「おい、青江、しばらくじっとしておれ」
 小浜兵曹長は、両手で綱にぶらさがったまま、体のひねり具合で、ふくろの中から流れでる水を、青江の服の燃えている一番上のところにかけました。
 多くはありませんが、しゅうしゅうとこぼれる水は赤く燃えている青江の服を上の方からべとべとにしめらせましたから、水をひきやすいきれ地はみるみる水びたしになって、火のいきおいをよわらせていきました。
「ああ、うまくいくぞ」
 水が革ぶくろのなかになくなると見るや、小浜兵曹長は、まだぷすぷすとのこりの火種の光っている青江のズボンのうえを、彼の両脚でもっておさえつけ、たたきつけ、とうとう火をのこりなくたたき消してしまいました。
 火だるまの種となった鉄製のナイフは、青江三空曹の焼けぬけたポケットから、ぽこりと下におちていきました。怪塔王にたいして、なによりも用心しなければならぬのは、金具です。
 小浜兵曹長はどこまでも、沈着な大勇士でありました。どこまでも注意ぶかく、そしておもいきって大胆に、この火消仕事をやりましたので、火だるまと化し、もうすでに危かった部下の一命をすくうことができました。
 急に身のらくになった青江三空曹は、うれしなきによろこびました。なんという尊敬すべき上官でしょう。
「ああ、上官、私は――」
 と言ったが、あとは胸せまって、つづけることができません。
「ばか、敵前でなにを女々《めめ》しく泣くか」
 とつぜん兵曹長の怒声《どせい》が爆発しました。

     3

 青江三空曹は、もうすこしで火達磨《ひだるま》になるところでありましたが、小浜兵曹長
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