の勇ましいはたらきにより、その一歩手前で服についた火は消されたのであります。
 これが空中に綱がぶらさがっているだけのことなら、まだやりやすかったかも知れませんが、なにしろその綱が、怪塔ロケットと青江機との間にはりわたされてある綱で、ぶんぶん、しゅうしゅうと空中をとんでいながらの離れ業ですから、よくまあそんなことができたものだとおどろかされます。
 火は消されましたが、青江三空曹は、さすがにすこし元気をうしないました。服についた火で、じりじり体をやかれ、どんなにか苦しかったことでしょう。
 小浜兵曹長は、はやくもこれを見てとって心配になりました。なにしろおそろしい風が、こうして綱にさがっている二人の体をもぎとりそうに吹きつけるのですから、その苦しさったらありません。
「青江、しっかりしろ。怪塔王は、こっちをにらんでいるぞ」
 小浜兵曹長は、しきりに青江をはげましています。
 ところが、もう一つ心配なことが、いよいよ心配になって来ました。それは、怪塔ロケットの舵《かじ》のうえをしばっているこの綱の輪になっているところです。これはしきりに風にあおられ、炎々と燃えていましたが、その火を消そうにも、手がとどきません。
 小浜兵曹長は、綱にぶらさがったまま、歯をくいしばって残念がっています。
「うふふ、ざまをみろ!」
 と、怪塔王は、いい気持そうに窓から指さししてわらっています。なんというにくらしい奴でしょう。
 ごくん! 綱がすこしゆるんで、変なひびきが、その上をつたわって来ました。――と思うまもなく怪塔ロケットと青江機とをつないでいたこの綱は、ついにぷつんと焼けきれてしまいました。ああ!

     4

 さあたいへん! 怪塔ロケットと青江機とをつないでいた綱が、とうとう焼けきれたのです。
「あっ、綱が切れた!」
「ああっ、しまった!」
 と、さけぶ小浜兵曹長と青江三空曹。
 と、綱の端は怪塔から離れ、二人の軍人をぶらさげたまま、空中を大きくゆれて下へ。――
 なんという恐しいことでしょう。
 二人の軍人をぶらさげた長い綱は、まるで掛時計のふりこのように、ぶうんと反対の方へふりつけられます。
 あっ、あぶない。
 ――と思う間もなく、飛行機は上に、綱は一たび垂直にさがりましたが、いきおいあまって、ひゅうっと綱がもちあがった。
「あっ、いたいいたい。腕が折れる!」
 青江三空曹の悲痛なさけびです。
 これはいけないと思った小浜兵曹長は、いそぎこれをたすけようと空中で自由にならない両脚をば、歯をくいしばって青江三空曹の方にむけて開き、彼の胴中をその両脚ではさんでやろうとしました。
「ああっ、いけない!」
 と、青江が叫んだときには、もうすでにおそく、彼の両手は綱の上をすべっていきます。小浜兵曹長の両脚は、かいもなく、なんにもない虚空《こくう》をはさみました。
 その声が、青江の耳にはいったころには、青江の両手は、綱のはしからするりとぬけていました。
(あっ、青江が綱をはなした!)
 小浜兵曹長の目の前は、急にくらくなった思です。
「青江、青江、青江!」
 兵曹長は、のどもはりさけるような声で、こんかぎりに青江の名をよびつづけました。しかし青江は。――
 もうこの先を書く勇気がありません。
 がんばりやだった青江三空曹の最期!


   墜落



     1

 あれほどがんばりやだった青江三空曹も、鬼神ではなかったので、力も根《こん》もつきはて、ついに尊《たっと》い犠牲《ぎせい》となりました。
「ざんねん、ざんねん」
 と、部下の気の毒な運命を思って、小浜兵曹長の胸はつぶれる思です。
 しかし彼は、ゆっくり涙を出しているひまもありません。なぜならば、綱にぶらさがっている彼も、やがて青江のような運命を迎えねばならぬことがよくわかっているからです。腕はぬけそう、体は風にもぎとられそうです。怪塔王のにくい顔が、こっちをのぞいて笑っているのが見えるようです。
「おのれ怪塔王、おれまで、ふりおとそうというのか。冗談いうな、おれは小浜兵曹長だ。だれが貴様をよろこばせるためにふりおとされてやるものか。なにくそ!」
 帝国軍人がこんなことで二人ともふりおとされてどうするものか、わが海軍の名誉のためにも、死んでもこの綱ばかりは放さないぞと、兵曹長はいきばっています。
 兵曹長がつりさがっている綱は、さかんにぴゅうんぴゅうんとふれています。飛行機は綱よりも上空にありますが、今は誰も操縦していませんから、ぐるぐるまわりながら、綱もろともしだいにおちていきます。
「うむ、誰がふりおとされるものか」
 そのうちに綱のふれ方がゆるやかになりました。綱と飛行機がもろともに下におちだしたので、ふれ方がゆるくなったのです。兵曹長の腕は、すこし楽になりました。
 し
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