だわい。こんないいマスクはないねえ。なにしろ顔にぴたりとあう。そして笑えばこのマスクも一しょに笑う。また怒れば怒ったで、このマスクもまた一しょに怒る。これをつけていれば、マスクをつけているとは誰もおもわないほどうまくできている」
 と言って、マスクをあげて頭からすっぽりかぶりました。そのとき怪塔王は、自分で覆面をさらりと脱いだので、その下から大問題の素顔があらわれたはずですが。――

     7

 怪塔王は、自分の顔をつつんでいた風呂敷をぱらりと解きましたから、そのときたしかに下から怪塔王の素顔があらわれたはずです。
 ですが、たいへん残念ながら、このとき折角の怪塔王の素顔を、誰も見たものがありません。なぜって、帆村探偵は気絶して床の上にたおれていますし、三人の黒人は鉄の円筒のなかに小さくなってふるえていました。そのほか誰もその場のありさまを見ているものがなかったのです。
 作者の私の方に怪塔王がむいていればよかったのですが、あいにくと怪塔王はこっちにお尻をむけていましたので、はなはだ残念ですけれど、今回は怪塔王の素顔を見ることができませんでした。
 そう申しても、みなさんはがっかりなさるにはあたりません。なぜなら、この勇ましい帆村探偵や、えらい塩田大尉や、また小さいながらなかなかかしこい一彦少年やミチ子などが、がんばっているかぎり、いつかはマスクの下の怪塔王の素顔をひんむくときが来ることでしょう。それは一体いつのことでしょうか、あばれまわる怪塔王の秘密は、一つの事件ごとに、だんだんと身のまわりをせばめていくではありませんか。すると、怪塔王の正体がわかるのもあまり長い先のことではありますまい。
 さて、怪塔王はマスクをかぶって、すっかり元の怪塔王になりました。
 帆村探偵がこれを知ったら、おどりかかっていくでしょうに、彼はまだ夢心地で床の上にたおれています。
「う、ふふふふ」と怪塔王はあざ笑い、「すぐ殺してもいいのだけれど、今はなりよりもこの塔ロケットを海中からうきあがらせる方が大事だから、殺しているひまはない。そうだ、また一時こいつを縛《しば》ってうごけないようにしておこう」
 怪塔王は長い綱をとり出すと、すばやく帆村の体をぐるぐると巻いてしまいました。


   危い怪塔



     1

 怪塔王のため、ついに帆村探偵は、体を荒縄でもってぐるぐるまきにされてしまったのです。怪塔王は、そこではじめてほっと息をつきました。
「う、ふふふふ。さあ、これでいいぞ。これですべて、元のとおりになった。やっぱりわしは、大科学王だ。天下に誰ひとりおそれる者はないのだ」
 そういっているときに、ぴしんと大きなもの音がしました。配電盤の上についている一つのメートルの針が、ぐるぐるとまわりはじめました。それにつづいて、警鈴《けいれい》が、けたたましく鳴りだしました。
「ありゃありゃ」
「うう、ありゃありゃ」
 黒い円筒のふたが、内側からぽんとはねて、黒人の顔が三つ、ぬっと出ました。三人とも、生きている顔色とてもなく、ぶるぶるふるえて、室内をみまわしています。
 怪塔王も腰をぬかさんばかりにびっくりして、
「おや、とうとう始ったかな。――」
 と、配電盤の前にかけつけるなり、大きなハンドルに手をかけ、力をいれてううんとハンドルを廻しました。それは、強い酸性の薬をはきだす口がひらかれたのです。
 ぴしんという音は、たしかに海水が怪塔のガスの原料室の一つにしみこみ、大切な原料をおかしはじめたもの音らしいです。それがだんだんすすむと、やがてはおそろしい大爆発となって、怪塔がこなごなになるであろうことは、わかりすぎるほどわかっていました。
 ですから怪塔王は、ガスの原料を海水がおかさないように、かねてそなえつけてあった強い酸性の薬をはきださせて海水のはたらきをとどめたのです。さいわい、それがうまく利《き》いて、気味のわるいぴしんという音は、それっきりきこえなくなりました。とはいうものの、いつまたどこから海水がしみこんでこないとはいえません。あぶないあぶない。

     2

 怪塔が海水中にながくつかっていたため、いまや大心配のときが来たのです。一度は、怪塔王がみずからハンドルをとって、たかい薬をつかっておし鎮《しず》めましたけれど、いつまた、いや、そういっているうちにも、どんなひどい爆発がおこるかもしれません。
 怪塔王は、もうこの上は、ただの一秒もぐずぐずしているときではないと思いました。
 さいわい怪塔王は、帆村探偵からうばいかえしたマスクをかぶって、いつもの怪塔王になりすましていましたから、これなら黒人も安心していうことをきくだろうとおもいました。
 そうだとすれば、怪塔を爆発からすくうのは、今だ、今だけである、そう思った怪塔王は、い
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