たのはいいが、怪塔王は両手を帆村のためうしろにしばられているためマスクがかぶれないから、紐をほどいてくれというのです。
 帆村はそれをきいて、つよくかぶりをふりました。
「いや、だめだ。しばってある貴様の手をほどいたりすれば、貴様はどんなにおそろしいことをやるかしれない」
「ああいた、いたい」
 と、怪塔王はしきりに身もだえをします。そんなに両手が紐にくいしめられていたいのでしょうか。
「それほどいたくもないくせに、いたいいたいなどとおどかすなよ」
「いえ、ほんとにいたいのだ。ああいたい」
「いくらいたくても、僕はけっしてほどいてやらないぞ。じゃあマスクは、ぼくが貴様の顔にはめてやろう」
「えっ、あなたさまがマスクを私の顔にはめてくださるというのですか」
 怪塔王は、わざとらしくながいため息をついた。
「なにをそんなに、ため息などをつくのだ」
「いえ、ため息というほどのものではありません。さあ、では一刻もはやく、私にマスクをかぶせてください」
「うむ、いまやってやる」
 と、帆村はマスクを手にして、風呂敷で覆面している怪塔王の前に近づきました。
「そうだ。まずその覆面をとらなくては。――」
 と、帆村はマスクを下におき、両手をのばして怪塔王の覆面に手をかけました。
 ああ、いまこそ怪塔王の覆面がひきむかれるのです。その覆面の下には、はたしてどんな顔があるのでしょうか。胸はおどる! 帆村の胸は、どきどきとおどります。
 それを早くも察したものとみえ、怪塔王は覆面の下からおどかすような調子で叫びました。
「さあ、はやく覆面をとってください。しかし帆村探偵よ。この覆面の下にある我《わ》が輩《はい》の素顔を見て、腰をぬかさぬように!」

     5

 怪塔王が、いまや覆面をはぎとられようとして、その刹那《せつな》に――覆面をとるのはいいが、その覆面の下にある我が輩の素顔をみて腰をぬかすな! と叫んだ捨てぜりふ――
「うむ。――」
 と帆村は、怪塔王が放ったいたい言葉に、思わず呻《うめ》きました。
 ああなんという奇襲のおどかし文句でしょう。たしかに怪塔王の一言は、帆村の心臓をぷすりとさしとおしたようです。
 怪塔王の首全体をつつんだ風呂敷の下には、一体どんなおそろしい顔があるのでしょうか。帆村でなくても誰でも、覆面の下をみることはおそろしい気持がするではありませんか。
 殊《こと》にここは、隣家というものもないふかい海底に、横だおしになっている怪塔ロケットの中です。鬼気はひしひしと迫り、毛孔は粟《あわ》のつぶのようにたちます。
「なあに、そんなおどかし文句に、誰がのるものか」
 と帆村は、ふりはらうように言いかえしました。
「それなら、マスクをはやく。――」
 と怪塔王は、せきたてます。
 帆村は、ついに変な気持にとらわれながら、なにほどのことがあろうかと気をふるいおこし、両手を怪塔王の首のうしろにまわして、風呂敷の結び目をときにかかりました。そのとき、さすがの帆村も、この覆面の下の怪塔王の顔を見るのをおそろしく感じたものか、怪塔王の首のうしろにまわした両手が思わずぶるぶるとふるえました。
 怪塔王は、そうなるのを、さっきから熱心に待っていたようです。
「やっ!」
 大喝一声《だいかついっせい》、怪塔王の膝頭《ひざがしら》は、帆村の下腹をひどいいきおいでつきあげました。腹の皮がやぶれたろうと思ったくらいです。何条《なんじょう》もってたまりましょう。
「う、ううん。――」
 苦しそうなうめき声とともに、帆村の体は棒のようになってたおれました。

     6

 怪塔王の覆面をとるのにすっかり気をとられていて、怪塔王の足がとんで来るのを用心しそこなったのです。
 名探偵として、たいへんはずかしいことだと、帆村はのちのちまでそれをくやしがっていましたが、なにしろ大問題の怪塔王の覆面の下から、本当の顔があらわれようという息づまるような場合だったものですから、ごんな失敗をしたのです。
「う、ふふふふ、ざまを見ろ」
 怪塔王は、さきほどのおろおろ声もどこへやら、またいつものにくにくしい怪塔王のしゃがれ声にかえって、床の上にたおれている帆村を見下しました。
「……」
 帆村は、うなり声さえ立てないで、床の上にまるで死人のようによこたわっていました。さあたいへん。帆村の息はそのままたえはててしまうのではないでしょうか。
「う、ふふふふ。口ほどにもないやつだ。しかし間もなく息をふきかえすだろうから、そうだ、いまのうちに大切なマスクをかぶっておこう」
 と、怪塔王は、あわてて床の上にしゃがむと、帆村の手から例の汐ふきの顔をしたマスクをひったくりました。そしてそのマスクを目の前にさしあげ、さも感心したという風に、
「ふうん、実にうまく出来ているマスク
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