かから、小さい紙包と長い電線とをひっぱりだしました。
「それはなんですか」
「これは爆薬だ。これを入口にしかけて扉をこわすのだよ」
 軍人だけに、塩田大尉のやり方は思いきったものです。これが探偵だったら、合鍵をつかったり、重い材木でつきこわしたりするでしょうに。
 開かぬ扉は、ついに轟然《ごうぜん》たる一発の爆音とともにこわされてしまいました。
 大尉と一彦は、だいぶはなれた地下道のかげに、じっと息をころして、その爆破をまっていたのです。
「さあ、もうこんどははいれるぞ」
 大尉は一彦に目くばせをして、扉のところへかけつけました。
 なるほど扉の錠まわりが、丸窓ぐらいの大きさにぽっかりと穴があいています。ですから扉をおすと、すうっとあいてしまいました。
「さあ、奥へ行ってたしかめよう。博士がいられるかどうかを――」

     3

 入口に、爆薬のけむりがまだ消えてしまわないうちに塩田大尉は室内へおどりこみました。
 一彦は、ちょっと気持がわるくなりましたが、こんなことで退却をしては、日本の少年の名折《なおれ》だと思いましたから、思いきって大尉のあとにつき、勇敢にとびこみました。
「ああ、こんなことをやっていたんだ。おい一彦君はやくこっちへ来てごらん」
 と、塩田大尉はけむりの向こうから、大声でさけびました。
「え。なんですって」
 塩田大尉がなにかかわったものを見つけたらしいので、一彦少年は、胸をわくわくしながら、そこへかけつけました。
 すると大尉は、テーブルのうえにのっている蓄音機のようなものを指さしていました。
「これ、なんでしょう」
「おお一彦君。これは蓄音機だよ。しかし普通の蓄音機とちがう。これはね、こっちから大利根博士の名をよぶと、ひとりでに音盤が回りだして、蓄音機から声が出る仕掛になっているんだ」
「えっ、なんですって」
「君にはわからないかねえ。つまりこの室内に大利根博士はいなくて、そのかわりにこの蓄音機が仕掛けてあったんだ。入口の外で博士の名を三度よぶと室内では音盤がまわりだして、“研究中だ、会わないぞ、帰れ帰れ”などと博士の声が、この蓄音機から聞えてくるのだ。だからこれを聞いた者は、室内に博士がいるのだと考える。ほんとうはこのように博士は留守なんだ。誰がこしらえたのか、たいへんな仕掛をこしらえてあったものだ。も少しで、うまくひっかかるところだった」
 そういって塩田大尉は、機械のこっちから大利根博士の名をくりかえしよんでみましたところ、三度目になると、はたして蓄音機の中から(ああ、うるさい……)と、博士の声がとびだしてきました。一彦はおどろいて、目をまるくするばかり。――

     4

 大利根博士の研究室に、博士の姿はどこにもなくて、ただ博士の声が飛出して来る蓄音機だけがあったのです。
 じつになんという変な仕掛でしょう。
 一体この変な仕掛は、なんのためにこうして博士の室内につくられてあるのでしょうか。またこの仕掛をつくったのは、誰なのでありましょうか。
「どうも変ですね。塩田大尉、これはきっと博士が人と口をきくのがいやなので、こんな仕掛で、来る人をみなおっぱらっているのではないでしょうか」
「うん、一応はそうも考えられるね。だが一彦君、一方ではこういうふうにも考えられはしないだろうか。つまり、大利根博士は、この研究室にたてこもっていると見せかけるため、わざわざこうした仕掛をしておいたとね」
 なるほど、そういう場合もあるだろうと、一彦は大尉の考えに感心しました。
「でも、博士ともあろう人が、なぜそんなややこしいことをするのでしょう。いるならいる、いないならいないと正直に人にしらせるのが本当なのに、そんな不正直なことを博士がするでしょうか」
 一彦はあくまで博士がえらい人だと信じていたから、こう申しました。
 塩田大尉は、一彦の言葉をじっと考えていましたが、やがて一彦の顔を見ながら、すこし言いにくそうに、
「ねえ一彦君、私はどうもちかごろ博士のすることに、腑におちない点があるのだよ。それに帆村君からの言伝《ことづて》にも、博士に必ず会って見ろとあったではないか。帆村君も博士に気をつけろというつもりでそう言ったのではあるまいか」
 一彦はなぜ、塩田大尉がそう言うのか、はっきりのみこめませんでした。早くもその顔色を見てとった大尉は一彦の肩を叩き、
「さあ、元気を出して謎にぶつかって見ようではないか、博士にはすまないが、まずこの室内をよくさがして見よう」


   顔の怪塔王



     1

 お話はかわりまして、ここは皆さんおまちかねの怪塔の中です。
 あれ、怪塔はまだちゃんと形がのこっていたのかとお尋ねになるのですか。そうです。怪塔はまだちゃんとしていましたよ。
 塩田大尉の指揮する飛行隊に
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