尉は、自分の乗組んでいた軍艦に起った事件ですから、どうかして自分の手でしらべあげたいと思っていました。
いま塩田大尉は、士官室の大きな卓子《テーブル》の上に、この辺の地図をひろげ、検察隊の士官や兵曹などと、額をあつめて相談をしているところです。
「どうも分らん」
と、塩田大尉は、太い首をよこにふりました。
「東京から派遣された調査隊の中に、帆村荘六という探偵がいた筈だが、その後一向ここへやって来ないじゃないか」
「それがですね、塩田大尉」と、小浜《こはま》という姓の兵曹長が、達磨《だるま》のように頬ひげを剃《そ》ったあとの青々しい逞《たくま》しい顔をあげていいました。
「それがどうも変なのであります」
「なにが変だ」
「この先の別荘に泊っているので、今朝からいくども使者をやっていますが、その別荘にはミチ子さんという、親類のお嬢さんがいるきりで、本人は一彦君というミチ子さんの兄にあたる少年をともなって出たまま、まだ帰ってこないというのであります」
「ふーん、どこへ行ったのかな」
「お嬢さんもよく知らないといっていましたが、なんでも向こうの塔を見にいったとかいう話です」
「なに塔だって。その塔とはどこにある塔か」
「さあそれがどうも、艦橋からすぐ前に見えていた塔であるように思われるのです」
2
「ああ、あの塔のことか」
といいましたから、塩田大尉も怪塔のことは、かねて知っていたと見えます。そうでしょうとも。坐礁《ざしょう》した軍艦のすぐ前に見えるのですから。
「おい小浜兵曹長、そこで誰かを塔にいかせて、帆村の様子をたずねにやったかね」
すると兵曹長は頭をかいて、
「いや、そこまではやって居りません。しかし塩田大尉、なぜ帆村探偵のことをそんなに気にされますか」
「うん、それはこういうわけだ。僕はこの前の遠洋出動のとき、あの帆村荘六の『探偵実話』という本を読んだことがあるんだ。今もどこかにその本があるかも知れない。帆村探偵というのは、理学士かなんかで、なかなか新しい探偵術をもって、科学応用の悪人を征伐《せいばつ》してあるくという変り者だ。だから彼がわが軍艦淡路の事件で、この土地にやって来たからには、きっと相当に活躍するだろうと思うんだ。僕は、それをひそかに期待していたんだが、彼が別荘に帰って来ないというのは、どうも変だね」
そういって塩田大尉は、思い
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