いれもふかく首をかしげた。
それから暫《しばら》くたっての後であった。
階段を急ぎ足でかけおりてきたのは、小浜兵曹長であった。ふうふうとあらい息をはきながら、駈けこんだのは士官室だ。
「塩田大尉、た、たいへんです」
テーブルを前に、この事件をその後どうしらべるかについて考えこんでいた大尉は、小浜兵曹長のあわてた顔をじっとみあげ、
「なんだ小浜。また鶏《とり》のようにあわてとるじゃないか」
「いや、あわてるだけのことはありますよ。私は酉《とり》の年ですからね」
「酉年は知っている。大変の方はどうしたのか」
「そ、それです。塩田大尉、すぐ甲板へあがってください。貴下でもきっと顔色をかえられるような、たいへんなことが起っています」
3
甲板の上へ出ると、なにかたいへんなことがあるというしらせです。塩田大尉は小浜兵曹長をひきつれて、すぐさま昇降口をかけあがりました。
軍艦淡路の甲板の上からは、いつに変らぬ九十九里浜の長い汀《みぎわ》がうつくしく見えていました。
だが、塩田大尉の目には、べつにたいへんらしいこともうつりませんでした。
「小浜兵曹長、たいへんとは一体何がたいへんなのか」
すると兵曹長は、大尉の前へ腕をのばして海岸の方をゆびさしました。
「塩田大尉、あれをごらんください。あそこにたっていた塔が、どこかへ姿を消してしまったではありませんか」
「なに、塔が姿を消したって。誰がそんなばかばかしいことを本当にするものか」
「いや、そのばかばかしいことが本当に起ったのです。では塩田大尉には、あの塔が見えるのでありますか」
「見えないはずはない、あの塔は、あの辺にたしかにあったと思ったが――」
と、塩田大尉は甲板の上から、小手をかざし、かねて覚えのある場所をしきりにきょろきょろと眺めましたが、どうしても塔が見えません。
(変だな、たしかあの林のそばに建っていたと思うが、見えないとはどういうわけだ)
塩田大尉の顔はだんだんと紅くなってきました。そのうちに、反対に顔がさっと蒼《あお》ざめてまいりました。
大尉は、拳をかためると、欄干《らんかん》をとんと叩きました。
「これあ不思議だ。小浜、お前のいうとおりだ。たしかにあの塔が見えなくなった」
「やっぱり私の申しましたとおりでしょう」
「うむ、これはたしかに一大事だ。あの塔が見えなくなったとすると、
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