よ。これならふもと村へ通信することなんか、わけなしだ」
「えっ、それはなんのことだね」
「あの炭焼竈のことさ。あれに火をつけると煙突から煙がむくむくでてくるだろう。そのとき風呂敷か板片かをもって屋根にのぼり、煙突から出る煙を、おさえたり放したりするのさ、それを早くくりかえせば、煙突から短い煙がきれぎれに出てくるだろう。またそれをゆっくりやれば、長い煙がきれぎれになって出てくるだろう。つまり煙でもって、短い符号と長い符号とをだすことができるから電信と同じように、モールス符号を出すことができるのさ。ふもと村に、モールス符号のわかる人がいればこっちでだしている煙のモールス符号を読んで、ははあ、あんなことを言っているなと分るだろう。ねえ、僕がモールス符号をつづるから、爺さんは屋根にのぼって、このとおり、炭焼竈からでる煙を短く、あるいは長く符号にして出してくれないか」
「ほほう、お前は子供のくせになかなか智恵がまわるわい」
炭やき爺さんは感心いたしました。
6
煙をつかうモールス符号の通信!
一彦少年は、えらいことを知っていました。しかしこれは一彦が考え出したことではなく、じつは大むかし、原住民がつかっていた通信のやりかたなのです。今ではもうわすれられたようになっていましたが、よく考えてみますと、このような人里はなれた山の中と、ふもと村とのあいだの通信にはたいへん便利なやりかたです。こんな風に、今はやらなくなっても、むかしのものには、なかなかいいものがあります。はやりすたりを気にしないで、むかしのものでも役にたついいものは、今もどんどんつかってやるのが、ほんとうにすぐれた人と申せましょう。
一彦少年は、いつか本で読んでおぼえていた煙通信を、うまくいかして使ったのです。
炭やき爺さんは、竈の屋根にのぼり、煙突のそばに立って、一彦が紙きれに書きつけた長短の符号をみながら、煙突に風呂敷をかぶせて、煙をとめたり出したり、大汗になってつづけました。その文句が、一彦が怪塔から逃げだして、ここにいるから助けに来いというのでありました。
炭やき爺さんとしては、一彦のさしずでもって煙信号をつづけているのですが、内心では、これが果してふもと村に通じるかどうか、きっと自分の竹法螺の音は村人の耳にはいっても、一彦がいま自分にゆだねたこの長ったらしい通信文は、とてもふもと村に
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