葉のように飜弄《ほんろう》せられるシグナルでありました。
僕は急に頭脳が冴《さ》え返ったのを覚《おぼ》えました。僕は直《す》ぐ様《さま》ローカル・オスシレーションの方を調節して見ました。カップリングを静かに変えて見ました。グリッド、リークを高めてみました。その結果はどうでしょう。僕が今まで出していたよりも尚《なお》一メートル程短い波長のところで受話器には小さい乍らも、立派に呼出符号と救助信号とを打っていることが聞きとれるではありませんか。
僕は夢ではないかと驚きました。何は兎《と》もあれ僕はスウィッチを直ぐ様、送信機の方へ切換えると「応諾《おうだく》」の符号を送りました。波長は四・五メートルを指していました。
軈《やが》て相手からは、生々《いきいき》とした返事がありました。其のシグナルはまことに微弱《びじゃく》である上に、波長が時々に長くなったり短くなったりして僕の聴神経《ちょうしんけい》を悩ませました。しかし相手の報じて来る内容が少しずつ判明《はんめい》して来ると共に、僕は全身の血潮が爪先から段々と頭の方へ昇りつめて来るのを感じました。耳は火のようにほてり、鼓動《こどう》は高鳴り、電鍵《でんけん》を握る指端《したん》にはいつの間にかシットリと油汗《あぶらあせ》が滲《にじ》み出ていました。相手は何者か! 相手は何処の無線局であるか? 其処では只今何事が起っているのか? それは其時に交換した次のような奇怪きわまるモールス符号の会話が、一切を少しずつ明白にして行って呉れましょう。
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相手「貴局ト通信ガ出来ルコトヲ甚《ハナハ》ダシク喜ブモノナリ。予ハ今甚ダシキ危険ニ臨ミ居レリ。当方ノ信号ハ微弱《ビジャク》ナリヤ?」
僕「貴局ノ信号ハR2[#「R2」は縦中横、「2」は下付き小文字](微弱ナレド辛《カロ》ウジテ読ミ得ル程度ノ意)ナリ。但シ不安定ニシテR1[#「R1」は縦中横、「1」は下付き小文字](微弱ニ聞コエ判読不能ノ意)又ハR3[#「R3」は縦中横、「3」は下付き小文字](微弱ナレド受信可能ノ意)ノ範囲ニ変動スルヲ認ム。危険救助取ハカラウベシ。貴局名如何」
相手「当方局名ナシ。日本人。仮設局ナリ。貴局名如何。貴局所在如何」
僕「当方局名JIZZ。所在東京市。実験局。W大学生Y――貴局所在、及ビ危険詳細知ラセ」
相手「天祐。喜ビ甚ダシ。日本万歳。愛スル友ヨ。予ハ貴局ニ驚クベキ報道ヲセムトス。記事甚ダ長ク、送信力甚ダ短シ。貴局ハ予ノ報道ヲ信ズルヤ」
僕「信ジタク思ウ。予モ亦《マタ》後ニ質問スベシ。兎モ角モ早ク語レ」
相手「必ズ信ゼヨ。予ハ決死的ナリ。
予ハ神戸K造船所電気課員、セントー・ハヤオ。只今ノ所在ハN県東北部T山ヲK山脈ヘ向ウ中間ノ地点ニ在リ。
予ハ今ヨリ七日前、スナワチ八月三十一日、休暇ヲ利用シ、前人未踏ノ山岳地方ヲ横断セントシテ強力《ゴウリキ》一人ヲ連レN県A町ヲ後ニ登山ヲ開始セリ。
貴局ハ当方ノ送信ヲ了解セラルルヤ」
僕「予ハ了解セリ。予ハ貴局ヨリノ受信シタル通信文ヲ逆ニ送信スベキヤ」
相手「ソノ必要ナシ。愛スル友ヨ。
予等ハ九月四日只今ノ地点ニ通リカカリタリ。今回ノ予ノ目的ハ山岳地方|跋渉《バッショウ》ニ在ルト共ニ、尚一ツノ目的アリ。予モ亦ラジオヲ以テ長年ノ趣味トスルモノニシテ、予ガ組立テタル愛機『スーパーヘテロダイン』ヲ携《タズサ》エテ今回|此途《コノト》ニノボレリ。スナワチ、高山《コウザン》山巓《サンテン》ニ於テ、米国ノ放送ヲ如何ナル程度ニ受信シ得ラルルカヲ試《ココロ》ミンガタメナリキ。
貴局ハ当方ノ送信ヲ了解セラルルヤ」
僕「予ハ了解セリ。後ヲ語レ」
相手「予等ハ此地点ニ通リカカルヤ、一大驚異《イチダイキョウイ》ヲ発見セリ。突然予等ノ行手《ユクテ》ニ銃ヲ擬《ギ》シテ立チ防ガリタル一団アリ。彼等ハ異様《イヨウ》ノ風体《フウテイ》ヲナシ身ノ丈《タケ》程ノ雑草《ザッソウ》中《チュウ》ニ潜《ヒソ》ミ居リシモノナリ。全身ニ毒草《ドクソウ》ノヨウナモノヲツケタルモ、……」(判読不能)
僕「空電妨害ニ悩《ナヤマ》サル。貴局ノ送信ヲシバラク中止セヨ。――
空中状態ヨロシ。全身ニ毒草ノヨウナモノヲツケタルモ以下語レ」
相手「毒草ノヨウナモノヲツケタルモ。貴局ハ当方ノ送信ヲ了解セラルルヤ」
僕「予ハ了解セリ。後ヲ語レ」
相手「……ソノ下ニハ浅黄色《アサギイロ》ノ軍服ラシキモノヲ着《チャク》セリ。而シテ驚クベキコトハ、彼等ノ中ニハ西洋人多ク混ジ居ルヲ認メタリ。其時ハ何処ノ国籍ニ属スルヤ全ク不明ナリシガ只今マデ数日間観察セルトコロニヨレバ○国人ナルモノノ如シ。他ハ日本人ナルカト思イタレドモ、後ニ至リテ彼等ハ日本人ニハ非《アラ》ザルモノノ如キコト判明セリ。貴局ハ引続キ当方ノ送信ヲ了解セラルルヤ」
僕「然《シカ》
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