壊れたバリコン
海野十三

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)吃驚《びっくり》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)時々|凩《こがらし》が

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)午前十時[#「午前十時」はママ]から
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 なにか読者諸君が吃驚《びっくり》するような新しいラジオの話をしろと仰有《おっしゃ》るのですか? そいつは弱ったな、此の頃《ごろ》はトント素晴らしい受信機の発明もないのでネ。そうそう近着の外国雑誌にストロボダインという新受信機が大分おおげさに吹聴《ふいちょう》してあったようですね。しかし私は余り感心しないのですよ。結局ビート受信方式の一変形に過ぎないじゃありませんか。
 ヤアどうも、君に議論を吹っかけるつもりじゃ毛頭《もうとう》なかったのですがネ、つい面白い原稿だねのない言訳《いいわけ》に一寸議論の端《はし》が飛び出して来たという次第なのですよ。――
 ホウ、君はそこの床《とこ》の間《ま》にポツンと載《の》っている変な置物《おきもの》に目をつけておいでのようですな。そうです、君の仰有るとおり、それは加減蓄電器《バリコン》の壊《こわ》れたものなのですよ。半分ばかり溶《と》けてしまって、アルミニュームが流れ出したまま固《かたま》っているでしょう。これは何かって言うんですか?
 いや実はネ、それについて一つ、取っておきの因縁《いんねん》ばなしがあるんですがネ、今日は思い切って、そいつを御話してしまうことに致しましょうか。
 だが始めから断って置きますが、此の話はこれから私の言う通り全く同じに発表して貰っては私が困るのですがね。というのも実はこの物語の主人公であり、又同時に尊い実験者であるところの私の亡友《ぼうゆう》Y――が亡くなる少し前に、是非私に判断して呉《く》れという前提《ぜんてい》のもとに秘密に語った彼自身の驚くべき実験談なのでして、内容が内容だから、他へは決して洩《も》らさぬことを誓わされたものなのです。不幸なる亡友Y――は、永らくおのれが胸だけに秘《ひ》めていた解き得ぬ謎の解決を求めんがために折角《せっかく》私という話相手を選んだのでしたが、流石《さすが》の私にも彼が満足するような明答《めいとう》を与えることが出来ませんでした。それでY――は一層がっかりして謎を謎として抱《いだ》いたまま、地下に眠ってしまったのです。そして其の時にY――が私に残して行った不気味な遺品が、この壊れたバリコンでして、勿論《もちろん》彼の話の中に出て来る一つの証拠物《しょうこぶつ》とも言うべきものなのです。
 Y――が其の時告白したところによると、謎を包んだ此の物語をはなして聞かせた人間は私が最初であり、また同時にそれが最後であるというのです。尤《もっと》もこの物語の後に於て判るように、このことがどんな事実であるかということを明瞭《めいりょう》に知っている筈《はず》の二つの関係があるのですが、これは孰《いず》れもそれ自身絶対に他へ洩らすことの許されない同じような二つの機密社会《きみつしゃかい》であるために、この驚くべき事実が他へ洩れる道が若《も》しありとすれば、それは亡友Y――によって(いやもっと詳しく言えばY――と私との二人とによって)行われるより外《ほか》に出来ないことなのでした。Y――が私以外の者に語ることを断念し而《しか》も他界してしまった今日《こんにち》、それは唯《ただ》私一人によって保たれている秘密なのです。未解決のまま残されている謎なのです。そこに私としての遺憾《いかん》があり、義務さえあるように感ずるのです。そうした気持が、私をして敢えて誓いの鎖《くさり》をひきちぎってまで貴方《あなた》に御話することを決心させたのでした。それはあり得べき事か、またはY――の錯覚《さっかく》であるか、それはこの物語がすんだあとで貴方は当然私に答えて下さらなければならないのです。――
 ではその話を始めましょう。私がY――から聴いたときのように、彼の口調を真似《まね》ておはなしを致しましょう。ですから、次のものがたりで「僕」というのは、とりもなおさずY――自身のことだと思っていただかなければなりません。
     *   *   *
 僕は少年時代からラジオの研究に精進《しょうじん》していたラジオファンとして、あの茫莫《ぼうばく》たるエーテル波の漂う空間に、尽《つ》くることなき憧憬《どうけい》を持っているのでした。それは僕が始めて簡単な鉱石受信機を作って銚子《ちょうし》の無線電信を受けた其の夜から、不思議に心を躍らせるようになった言わば一種の「萌《も》え出でた恋」だったのです。僕は毎晩のように鉱石の上を針でさぐりながら、銚子局の出す報時信号《タイム・シグナル》のリ
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