と聴いているのですが、いつぞや返事のあった験《ため》しがありません。僕はそれでも一向断念しませんでした。今にもどこからか「ハロー、オールド、マン」とモールス符号で呼びかけてくる僕同様の素人ラジオ研究家のあるべきを信じていました。
 それどころか、時にはこんな考えさえ持ちましたことです。僕の出している短波長無線電信は、この地球を既に飛び出してしまっているから中々応答が来ないので、其の内には都合よく火星か金星かにぶつかってそこに棲《す》んでいる生物から前代未聞の怪《あや》しげな応答信号が僕に向って発せられるかも知れないと考えて、思わず声を出して嬉しがったこともありました。
 しかし事実の上では、私の送信に対して一回の応答信号も入って来ませんでした。耳朶《みみたぶ》が痛くなる迄、懸けつけた受話器の底には時々ガリガリという空電《くうでん》の雑音が入って来るばかりで、信号の形を備えた電波は全く見出すことが出来ませんでした。時にはこの意味のない空電のガリ、ガリ、ガリという音響を、|●●●《トツトツトツ》というモールス符号のSという字にちがいないと思いこんだこともありました。
 それはこの短い波長の無線電信の放送受信を始めてから四十日ほども経ったころには、流石|物好《ものず》きからやり出した僕と雖《いえど》も、少々この「永遠《えいえん》の梨《なし》の礫《つぶて》」には倦《あ》きて来ました。厭気《いやけ》のさしたのを自覚すると、実験をつづけることが急転直下的《きゅうてんちょっかてき》にたまらなくいやになりました。忘れもしない九月の七日の夜のことです。時計は既に次の日の方に廻って午前一時近くを指していました。僕は送信をやめて、受話器を頭に懸けたまま、シグナルを探すというよりも、この送受信を中止した明日から後は何をすることによって日々を楽しもうかと、あれやこれやの計画を思いつづけていました。その時のことです。恰度《ちょうど》その時のことです。――
 不図《ふと》気のついた僕は、受話器の底に極《ご》く微《かす》か乍《なが》らヒューッという唸音《ビート》らしきものが入っているのを聞きとることが出来ました。其の唸音《ビート》は大きくなったり小さくなったりして全く聴こえなくなり、至って不安定なものでした。電波の遭難船《そうなんせん》とでも申しましょうか。それはエーテルの大海《おおうみ》に、木の
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