ノーマ号の船員や水夫たちも、やむを得ず自船《じせん》に停らなければならない者のほかは、全部平靖号へ出かけ、荷役を手つだった。
船と陸とには、おしげもなく灯火がてんぜられ、まるでみなとまつりの予行演習であるかのようにおもわれた。
荷役は、深更《しんこう》までつづいた。
竹見水夫も、あせみどろになって、船と陸との間を何十回となく往復した。
巨人ハルクも、もちろん、労働の花形であった。彼は陸上の倉庫の方ではたらいていた。
警部モロは、ポーニンの口から重大な秘密をきいたので、これを何とかして、本部へ知らしたいものと、荷役の指揮をとりながら、しきりにじれていたが、船長ノルマンやポーニンのめが、いっかなそれをゆるさず、そのために、モロは、いくたびも、海へとびこみたくなったほどである。
「どうですな、ロローさん。船長のやくわりというやつは、なかなか大したものでしょうがな」
ポーニンは、わざとモロのそばへすりよって、そんな風にはなしかけた。
「なあに、大したことはありませんや。このあんばいじゃ、夜明けまでにかたづくでしょう」
「いや、私はもっとはやいような気がする。もう下には、いくらも貨物がのこっていませんよ。すめば、あなたの申出があったように、酒を出します」
「ああ、酒なんか、もうどっちでもいいです」
「いやいや、御遠慮はいらない。倉庫のところからすこしいったところに、あなたも知っているでしょうが、雑草園という酒場がある。あそこへ酒の用意をさせましょう」
「えっ、雑草園ですか。もう、そこへ酒をたのんだのですか」
「いえ、これからたのむところです」とポーニンはいったが「そうだ、あなた一つ雑草園へいってたのんでみてくれませんか。こっちの荷物は、もういくらもなさそうだから、あなたがいないでもいいでしょう」
「そうですね、いってみますかねえ」
と、警部モロはこたえたが、そのじつ彼は心の中で、たいへんよろこんでいた。いよいよだれにも気づかれず、至極《しごく》自然に上陸ができることになったのだ。
警部モロが、いそいそと舷側《げんそく》を下りて、小艇の中にすがたを消したのを見すまして、平靖号の甲板《かんぱん》のうえから、それを見おくっていたポーニンとノルマンは、してやったりと、目を見合わせてにやりとわらった。
「うまくいきそうですね」
「ふむ、やっこさん、雑草園へいけば、きっとガーデンの卓子《テーブル》の前にこしかけて、一ぱいやりたくなるにきまっている。そのとき、なんとかいった大きな男が出ていって、うしろから知れないように、うまくやるだろう」
「ああ、あれは巨人ハルクです。青斑《あおまだら》の毒蛇《どくじゃ》は、ハルクにわたしておきました」
「ハルクか。そのハルクは、きっとうまくやるだろうね。毒蛇を仕こんでおいたステッキの蓋《ふた》の明け方を、彼はよくおぼえただろうね。あれは、知らない者がやっても、決して明かないように、複雑な機構にしてあるんだ」
「あの明け方は、一度や二度きいたのでは、おぼえきれませんよ。ですから、私は、予《あらかじ》め蓋をもうすぐ明くというところまで外して、ゆるめておきました」
と、船長ノルマンは、したりがおにいった。毒蛇は、仕掛のあるステッキの中に入れてあるらしい。一体、その毒蛇を、どのようにつかうのであろうか。
「それは危険だ!」
と、ポーニンが、まゆをつりあげていった。
「それは危険だ。もし、ステッキの蓋が外れて、毒蛇がはい出す。そして、ハルクにかみつくと、ハルクが死んでしまう。すると肝腎《かんじん》の船長ロローをかたづける計画が、だめになってしまう」
船長ノルマンは、しばらくだまっていたが、
「そんなに心配なら、私も上陸しましょう。そして、もしハルクが、やりそんじたら、こいつでかたづけてしまいましょう」
と、胸のポケットの上をたたいた。そのポケットの中には、彼ら一派が愛用している万年筆の形をした消音小型ピストルが入っていた。
「それをこんなことにつかうのは、感心しないぞ」とポーニンは、くびをふった。「弾痕《だんこん》や弾丸から、われわれが何処の国籍の人間か、すぐ判断されてしまう」
「じゃ、彼奴《きゃつ》のうしろへまわってくびをしめましょう。そしてだれにも気づかれぬうちに死骸《しがい》をうまくかくしてしまいましょう。われわれの出帆までに発見されなければいいでしょうから」
警部モロの身の上について、おそるべき相談が、怪人物ポーニンと、船長ノルマンとの間に出来た。
荒療治《あらりょうじ》
なにも知らない警部モロは、上陸すると、すぐその足で、酒場《さかば》雑草園へいった。それは、まず忠実にいいつけられた用事をはたし、ほかからうたがいの眼をむけられないためであった。まさか彼は、そのような細心の注
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