まのいい君にも似合《にあ》わないぜ」
「一体どうしたというんです。そのわけというのは」
「あべこべに、取調べをうけているようなかっこうだ。いやだね」
 と、ポーニンは、あごへ手をやって、
「じつは、こうなんだ。私が今、うけおっている仕事というのは、海の底に、潜水艦の根拠地をつくるという大仕事なんだ」
「ええっ、海のそこに、潜水艦の根拠地を? 一たいそれは、どこの国の計画なんですか」


   身辺《しんぺん》の危険


 怪人物ポーニンと警部モロとの間に、どんな程度のはなしがとりかわされたかは、つまびらかでない。が、とにかく二人は、間もなく平靖号の船長室から、至極仲がよさそうに、すがたをあらわした。
 もとの虎船長、つまり虎松《とらまつ》となにか無駄話をしていたらしいノーマ号の船長ノルマンは、これを見ると、立ち上って、
「どうしました。荷あげのはなしは?」
 といった。ノルマン船長も、ポーニンには一目も二目もおいているらしい様子だ。ポーニンは、にやりと、うす気みわるいわらいをもらし、
「ふふん、どうもこうもない。計画したことは、途中でどんな邪魔がはいろうと、かならずその計画どおりにやりとげるのが私の主義だ」
「すると、すぐ、この平靖号の荷役がはじまるというわけですな」
「もちろん、そのとおりだ。君の船からも、出せるだけの人数を出して手つだわせてもらおうかい。あの方の仕事は、一日でもはやくかからないと間に合わないからね」
「はい、わかりました。では、帰船して、力のあるやつを、できるだけたくさんかり出しましょう」
「うん、そうして呉《く》れ、私も一しょに、君の船へいこう。ほかに、すこし相談したいこともあるから……」
 怪人物ポーニンは、警部モロや、虎松以下の乗組員におくられ、船長ノルマンとともに、平靖号を退船した。
 あとで、平靖号のうえでの、ひそひそばなし。
「なんだい、あの白人は。いやに、すごい目を光らせていたじゃないか」
「あいつが、この船を買って、セメントをつみこむんだとさ。どうも、この平靖号もおかしなまわりになってきたのう」
「虎船長にもう一度いって、今夜のうちに、サイゴンからずらかることにしちゃ、どうかな」
「そうもなるまい。ノルマンのやつは、どうやらこの土地でも、にらみが利く男らしいから、うっかりしたことはできない。まあ、虎船長のはなしじゃないが、こちとらは時節をまっているんだね」
「どうも、いまいましいあのノーマ号だ」
 さだめし、ポーニンとノルマンは、小艇をノーマ号の方へ走らせながら、たびたびくさめを催したことであろう。
 そのポーニンとノルマンは、小艇のうえで、ぴったりよりそって、ぼそぼそと、秘密の会話をつづけている。
「とにかく、私の失策だ。どうも、すこし功をいそぎすぎた恰好《かっこう》だ」
 そういったのは、ポーニンだった。
「どうもよくのみこめませんが、一体どういうわけで……」
「さあ、それだがねえ、ノルスキー」と、ポーニンは、船長ノルマンのことを、ノルスキーと呼んで、「ちょっと頭脳《あたま》がきくやつだとおもったから、これは金さえくれてやれば、うまくこっちの役に立つとかんがえたんだ。まさか、そのすじのものとは、おもわなかったよ。つまりあの船長ロローは、そのすじのまわし者にちがいないということが、はっきりしたんだ」
「へえ、おどろきましたな。どうもまずいことになったものだ」
 本名ノルスキーの船長ノルマンは、ちょっと、くさった様子であった。
「船員に酒をのませろとかなんとか、いいがかりをつけて、そのじつ、こっちの仕事の様子をさぐるのが彼奴《きゃつ》の目的だった。さすがは商売だけあって、はじめのうちは、至極《しごく》すらすらと、私にしゃべらせおった。近ごろにない私の大黒星だ」
 二人の話していることは、警部モロの身の上にちがいなかった。モロの追窮《ついきゅう》があまりにきびしかったので、ポーニンもようやくそれと、彼の素性《すじょう》に気がついたのであった。
「このうえは、彼奴を、なんとかしなければなりませんね」
「そうだ、そのことだ」
 とポーニンは、またさらに顔をノルマンの方に近づけ、
「さっきから、それをかんがえていたが、こういうことにしようとおもう。耳をかせ」
 ポーニンは、船長ノルマンの耳に、なにごとかをささやいた。
 すると、ノルマンは、急にはっと息をとめ、
「えっ、青斑《あおまだら》の毒蛇《どくじゃ》を……」
「これ、声が高い!」
 ポーニンは、ノルマンの口に手をあてて、あたりへ気をくばった。


   雑草園《ざっそうえん》


 サイゴンの港湾部や税関の方へは、うまくはなしをつけたものと見え、それから夜にかけて、平靖号の搭載貨物の大荷役《だいにやく》が、たいへんなさわぎのうちに行われた。
 
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