が、虎船長です。両脚がないんだから、椅子から下りて、気をつけをしろなどとは、いわないようにねがいますよ」
「ふん、そうか。わしは、足のない船長に、用事をいいつけようとはおもわない。新しい船主のフランス氏も、同じことをいっていられるよ」
ポーニン氏は、眼をぎらぎら光らせながら、虎船長の、こしから下を、見ていたが、
「なるほど、これじゃあ、船長のやくめをやってもらうのは気のどくだ。よろしい。この船は、貨物ぐるみ、一千五百フランで買うことにして、このロロー氏を、新たに船長に任ずる。よいかな、虎船長とやら」
よいもわるいもない。虎船長は、フラン紙幣をうけとって、その代り、船長の服と帽子とを、ロロー氏に手わたした。
「たしかに、引きうけました」
と、ロロー氏は、にこにこがおでいって、虎船長の手をにぎった。ロロー氏というのは、外でもない。警部モロの変名だった。
新船長
「ええ、船主のフランスさま。この船が、つんでいる雑貨は、どのくらいの利益で、売りはらえばいいですかなあ」
警部モロは、虎船長がまだ、しょうちしたともいわないさきから、もう船長気取りで、船主となったポーニンに、相談をかけた。
虎船長も、さすがに、ゆがんだかおで、この場の成行《なりゆき》をじっと見おくっているばかりであった。だから、若《わか》い船員たちは、或る者は、紙のように白い顔となり、また或る者は朱盆《しゅぼん》のように、真赤な顔になっていた。一等運転士が、それをしきりに、止めている。
フランス氏を名乗るポーニンは、にやりにやりと、あたりをながめまわし、
「いや、本船の積荷を売りはらうことは、いずれゆっくり、かんがえることにして、まず大いそぎで、この積荷を下ろしてもらいましょう」
「へえ、すぐというと、今夜にもといういみですか」
「そうです。夜分の荷役《にやく》は、なかなかむずかしいというかもしれないが、やってやれないことはない。さあロロー船長。はじめて船長になったあなたのうでだめしだ。すぐはじめてください」
ポーニン氏は、平靖号の荷を下ろすのを、たいへんいそいでいる様子だ。
「下ろしただけで、いいのですか。そんならやりましょうが、下ろしたあとで、船員たちの労をねぎらう意味で、酒をのませてやってください」
と、新船長さんは、なかなかぬけ目がない。他人のふんどしで、相撲をとるのたぐいであった。
「酒? 酒はのませるが、もっと後のことだ」
ポーニンは、難色《なんしょく》をしめした。
「もっと後とは、いつのことですか。酒なんてものは、はやい方がいいのだが……」
「それは、私がゆるしません。酒をのめば、仕事をする力がなくなる。ここはなんでも、私の命令どおり、まず雑貨をいそいで下ろし、それに引きつづいて、セメントをいそいでつみこんだ上で、酒宴《しゅえん》をゆるすことにしましょう」
「ははあ、セメントを、はやくつむことが必要なのですね。どうして、そんなにセメントをはやくつみこまなければならないのですか」
警部モロらしい質問のもっていきかたであった。
「それは、こっちに必要があるからだ。そうすれば、ロロー船長、あなたのもうけも、うんとふえる」
そうはいったが、それは返事になっていないようであった。
「私も、大金儲けはしたいですがね」と、警部モロは、わざとにやりと笑顔をつくり「だが、船長となった以上は、船員の厚生福利をかんがえてやらねばなりませんでねえ。まるで牛馬か人造人間のように、部下を使役することは、できません。もっともこれが船火事になったというような非常時なら、べつですがね」
船長ロロー役の警部モロは、下心《したごころ》があって、なかなか怪人ポーニンの意にしたがわない。
ポーニンとしては、ロローに金もはらったことだし、今さら予定を変えることもできないので、だんだん船長ロローにひきずられていく形となった。
「うう、こまったやつだ」
と、ポーニンは首をふって、
「おい船長。われわれは、いま事業のうえで、非常時に立っているのだ」
「どうも、わかりませんね。雑貨をセメントにつみかえることが、なぜ非常時なんですか。私は船長として、部下にたいし、わけのわからないことに、無闇《むやみ》に力を出せとは、命令しかねます」
「どうも、こまったやつだ」
と、さすがの怪人ポーニンも、ここでいらだたしさを、かくすことができなくなってしまった。
「じゃあ、仕方がない。おい、船長ロロー。君だけに、わけをはなそう。他の者は、ちょっと、この部屋から、出ていってくれ」
といって、ポーニンは、虎船長をはじめ余人を、ことごとく去らしめ、そのうえで、なおもこえをひそめて、モロにいうには、
「君、こまるじゃないか。すこしは、こっちのむねの中《うち》を察してくれなくちゃ。日ごろ、あた
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