するのだった。
 竹見は、ノルマン船長の命令どおり、つかいにいくしかなかった。
「仕方がない。じゃあ、平靖号へつかいにいくことにします」
 と、わるびれずにいった。
 それを聞いた船長ノルマンは、大よろこびであった。早速彼は電話器にかかって、平靖号への接近を命令した。船は、すぐさま針路をかえ、そしてスピードを高めた。そしてヤードに新しくあげた信号旗をびらびらさせながら、平靖号の方へ近づいていった。
 竹見は、身軽にふなばたに立って、近づく平靖号を、じっと見下《みお》ろしていた。
 船長ノルマン、なぜきゅうに、平靖号への使者を出して、雇船を申し出たのであろうか。
 これより一時間ほど前、船長は秘密符号から成る電報をうけとった。その電文によると“サイゴン港で、急に貨物船を雇う必要ができたから、海上において、至急、貨物船をさがしてくれ”といういみのことがしるされてあった。発信人の名は、もちろん秘密符号でしるされてあったが、それを解いてみると、ポーニンと出た。
 ポーニン!
 ポーニンといえば、フランス氏と仮りに名をかえ、サイゴンでしきりにセメントを買いこんでいるあの怪人物だった。
 汽船ノーマ号の船長ノルマンと、怪人ポーニンとは、こんど始めての取引ではなかった。その間をあらえば、おどろくべき両人の深い関係があらわれてくるであろう。
 それにしても、奇怪さを倍加したのは、ノルマン船長である。ノールウェーの汽船が、ソ連の密使といわれるポーニンとの間に相当ふかい連絡があるというのは、一たいどうしたことであろうか。
 水夫の竹見はおもいがけなく、ふたたび平靖号の甲板をふんだ。
 同志たちは、いずれも竹見を歓迎してくれた。そして、彼が火薬船だと知ったのは、どういうわけかなどと、質問をかけられたが、竹見は、それにはこたえず、虎船長のもとへいそいだ。
 虎船長は、それこそ猛虎が月にほえるような大きなこえを出して、ノルマンの無礼極《ぶれいきわ》まる命令を一蹴《いっしゅう》した。


   奇妙な相談


 竹見は、虎船長とノルマンとの間にはさまって、まったくこまってしまった。
「船長。ああいう場面を撮影されちまったんですから、サイゴンに入港するとたんに訴えられ、そこでそのまま拿捕《だほ》されてしまいますぞ」
「いや、われわれ日本人は、東洋水面において、他国人から威嚇《いかく》される弱味は、なんにも持っていないんだ」
 虎船長は、きっぱりとそういって、ノルマンの申入れをしりぞけた。このことは、早速ヤード上の信号旗によって、船長ノルマンへ通じられた。
 すると、折かえしノルマンから、返事がおくられてきた。
「例の映画を、平靖号の行くさきざきへ配布して、寄港を妨害するがよいか」
 これに対して、平靖号からは、
「勝手にしろ、船長ノルマン」
 と、やりかえした。そして虎船長は、ノーマ号の火薬に、何とかして火をつけて撃沈させる工夫はないものかと、思った。
 すると、またもや、ノルマンからの信号がやってきた。
「では、已《や》むを得ない。貴船は、あと五分ののち、撃沈されるであろう。嘘だと思うなら、貴船の左舷前方の海面を、仔細《しさい》に観察してみるがいい」
 すこぶる気味のわるい警告であった。虎船長は、すぐさまこのことをしらべるよう、命令した。
 ところが、間もなく伝声管が鳴って、船橋から、たいへんな報告がとどいた。
「船長。潜水艦がいます。ノーマ号から注意のあったとおり、本船の左舷前方、わずか五百メートルのところに、潜望鏡が見えます」
「なに、潜水艦が、本船を狙って五百メートルの近くに……。うむ、そうか」
 虎船長は、身体をふるわせて、いきどおったが、どうすることもできない。ノールウェーの汽船だというノーマ号が、潜水艦と結んでいるなんて、へんなことだ。すると、ノーマ号はノールウェーの汽船ではないのかもしれない。
 潜水艦の襲撃をうけて、ここで沈没したのでは、せっかくここまで出かけた平靖号の使命は、それこそ文字どおりの水の泡となってきえてしまう。虎船長は、無念やる方なく、しばし黙考していたが、しばらくして、幹部を呼んで評定《ひょうじょう》を開いた。その結果、あらためてノーマ号に対して、信号を送ることとなった。
 信号旗は、三度ヤードのうえに、するするとあがった。
「貴船の申入れを大たい諒承《りょうしょう》した。くわしい返事は、水夫竹見を通じて申入れるから、しばらくまたれよ」
 事実上、平靖号は、まんまと船長ノルマンの毒牙《どくが》に、かかってしまったわけだった。南シナ海方面で大いにあばれるつもりだった仮装中国汽船の平靖号も、ついにつまらない運命におちこんだ。そして水夫竹見は、虎船長の返事を持って、再びノーマ号へ、かえっていくことになった。
 ここではなしは、サ
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