甲板に姿をあらわした。すると、画面に岸少尉が出てきた。つかつかと虎船長のところへ寄ると、しっかと握手をして、つよくふった。感激に虎船長の顔が歪《ゆが》んだようになるところまでが、いやにはっきり画面に出てきた。
 画面は、それから下方に動いて、岸少尉一行がボートへ乗りうつるところがうつり、それから画面はまた甲板にもどって、虎船長の感激のなみだにぬれた顔やら、幹部の万歳をとなえて手をあげるところや、はては水夫竹見のすがたまでがうつったものであるから、竹見はもうびっくりしてしまった。
「ふふふふ、どうだ、この映画は、さぞ貴様の気に入ったろう」
「うむ――」
 船長ノルマンの皮肉な台詞にたいして、竹見は目を白黒するより外なかった。なぜ船長ノルマンは、こんな映画をとったのであろう。そしてまた今、わざわざ竹見をよんで、強制的に見せたのであろう。これは油断がならないぞと思った瞬間、竹見の腹の中は、熱湯が通ったようにあつくなった。
「わしには、よく分らないが、平靖号を映画にとるなんて、フィルムの方が勿体《もったい》ないじゃないですか」
「ふふふふ。相手は平靖号だから、こうして貴重なフィルムをついやすだけの値打があるわけさ」
「ふん、ばかばかしい。きつい道楽というものですよ。とび魚のとんでいるところや、甲板を怒濤があらうところなどをとっておいた方が、よほど値打がありますよ」
「あはははは。そう狼狽《ろうばい》しないでもいいじゃないか。この映画を見れば、平靖号の乗組員が、本当の中国人か、それとも偽せの中国人だか、よく分るのだ。これほど値打のある映画は、そうざらにあるものか」
 そういって、船長ノルマンは、映写をとどめ、まどをあけて室内を明るくした。竹見は、ここでノルマンにとびつき、首をしめてやろうかとおもったが、むこうでも油断なく竹見の方に気をくばっていて、すぐにもピストルをつきつける用意のあるのが見えた。
(もう、これは諦《あきら》めるしかない)
 えい、竹見は嘆息《たんそく》した。たしかにこの映画をみると、一同が日本人であることは、明白であった。
「船長さん。わしにこんな映画を見せて、それでどうしようというのですか」
 竹見は、自分からお先に切り込んだ。
「ふふふふ。貴様はなかなかはなせる男だぞ。そこでこっちのたのみというのは、平靖号まで貴様に、使いにいってもらいたいのだ」
「なに、わしに平靖号へ、つかいにいけというのですかい」


   憎むべき恫喝《どうかつ》


 船長ノルマンがとつぜんいいだした用件というのは、竹見に平靖号へつかいにいけという意外な用事だった。
「そうだ、平靖号へいって、船長に、こっちの用件をつたえてくれ。その用件というのは、平靖号はこれからサイゴンに入港し、貨物を全部売りはらうか下《おろ》すかして、そしてあらためて新しい貨物をつんで出航してもらいたいのだ」
「なんです、それは……」
 竹見は、急にノルマンの言葉がのみこめないという風だった。平靖号の積荷を、そう勝手に下ろしたり、変えたり出来るわけのものでない。
「はやくいえば、サイゴン港において、平靖号をやといたいのだ」
「ああ、雇船《やといせん》となるのですか。そいつは駄目だ」
 竹見は、首を左右に振った。平靖号には、特別の使命がある。それをノールウェーの汽船なんかの船長に雇われて、航海をつづけるなんて、そんなことは出来ない。
「やかましいやい」船長ノルマンは、地金《じがね》を出して、厳しい口調で竹見をどなりつけた。
「貴様に平靖号をやとうから承知をしてくれなどといっているのじゃない。むこうの船長に、こっちの命令をつたえりゃ、それで貴様の役目はすむんだ」
「命令? 平靖号がそんな不法な命令を聞く必要がどこにあるものですか」
 船長も竹見も、どっちもかおをこわばらせて、言いあった。
「これは命令だ。このノルマンの命令なのだ。平靖号の船長が、それを聞かないといったら、こういってくれ。“しからば、こっちは、お前の船が、中国人を装った日本人の乗組員でうごいていることを、むこうの官憲に知らせてやる。こっちには、それを証拠だてる映画があるぞ”と、そういってやるのだ。映画のことは、貴様に見せておいたから、どの位の値打のある映画だか、貴様から、よくはなしてやるんだ」
「それは脅迫《きょうはく》だ。恫喝だ」
「ふん、なんとでもいえ。わしは、一旦決心したことは、やりとおす主義だ。さあ、これからすぐ用意をしろ、本船は、間もなく平靖号に接近して、停船信号を出す」
 竹見は、なにもいわなかった。いっても無駄であることが、よくわかったのだ。船長ノルマンは、おもったよりすごいやつであった。一目で、平靖号の秘密をさとり、そしてそれを利用するため、その重大光景を映画にとっておいて、今それをつかおうと
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