いっていただけば、すぐわかります」
「ははア、承知いたしました。す、すぐにうかがいますでございます。えッへん」
 といって、受話器をおいたが、彼の額には、玉のようなあせが行列をつくっていた。
「おいおい皆、きいてくれ。フランス氏がモロ警部に会いたいというんだが、すぐ警部に電話で連絡をつけなきゃならない。一体警部は、今どこにいっとるのか、知っているやつはいないか」
 社員ラームは、まわりの同僚のかおを、ずっと見廻《みまわ》した。
「ああ僕が知っているよ。さっき御当人から知らせがあったよ。料理店のモンパリにいるといってたよ」
「えっ、モンパリ、なんだ、同じ店じゃないか。あらためて出かけるまでもなく、モロ警部は、モンパリにいるのか。なんだかはなしがへんだね」
「すこしも、へんじゃないよ。モロ警部は、実は昨日から、ずっとフランス氏のあとをつけてまわっているんだよ。今の電話も、当人のモロ警部が、机の下かなんかにはいこんだまま、お先へ聞いてしまったかもしれないよ」
「うむ、なんでもいいから、すぐモンパリへ連絡しなきゃ、あとで大へんなおしかりに会うぞ」
 ラーム社員は、また電話器をとりあげて、料理店モンパリへの連絡をたのんだ。
 ところが、電話が話中で、なかなか相手が出て来ない。ラーム社員は、髪の毛をむしって、じれた。
 丁度そのころ、このサイゴンの港から三十キロの海上を、問題のノーマ号と平靖号とが、おしどりのようにつながって、西に航行していた。もう夕刻に近かった。
「おいおい、竹!」
 呼んだのは、船長ノルマンであった。
 竹とよばれた水夫の竹見は、巨人のハルクと繋索《けいさく》の手入れをしているところであったが、うしろを向くと、そこに船長ノルマンが立っているので、また例の皮肉な用事かと、舌うちをしながら立ち上った。
「なにか御用ですかい。こんどは、トップスルまで、十五秒半でのぼって御覧に入れますかい」
「だまって、わしについてこい。面白いものを見せる」
「面白いもの?」
 どうせ、真直に面白いものではなかろうが、そういわれると、見ないではいられない。水夫の竹見は、ハルクの方へ、それと眼くばせしてから、船長のうしろにしたがった。
「まあ、入れ」
「はあ。ここは船長室ですか」
「ふん、それがどうした」
「いやに綺麗ですね。へえ、今夜はなにか始まるんですか。これは小型映画の機械じゃないですか」
 竹見は、卓上にのっている小型映画の映写機をさした。
「ははあ、おまえ、なかなかインテリだな」
「いえ、わしは活動の小屋で、ボーイをしていたことがあるんで」
「なんでもいい。面白いものを見せるといったのは、サイゴンに入港する前、お前にぜひ見せておきたいフィルムがあるんだ。今うつすから、まあそこで見ていろ」
「えっ。船長さん、おどかしっこなしですよ」
 竹見が、椅子のうえにこしをおろすと、室内がぱっとくらくなって、スクリーンに映画がうつりだした。海の映画だ。
「あっ、あの船は!」
 竹見は、おもわず、大きなこえを出した。


   おお平靖号《へいせいごう》


「あっ、あの船は!」
 と、竹見がさけんだのも道理であった。スクリーンのうえに、とつぜん現れた汽船は、これぞ竹見が先に乗組んでいた仮装中国貨物船の平靖号であったではないか。
 そのとき、竹見の背後で、船長ノルマンの、ふふふふと、うすわらいをするこえが聞えた。
「船長さん。いまうつっているのは平靖号だが、いつ撮影したんですか」
 と竹見は、たずねた。
「まあ、しずかにして、もっと先を見ているがいい」
 船長のこえは意地悪い調子をおびていた。
 映写機はことこととおとをたて、フィルムをくりだす。竹見は、だんだん目を大きく見開いて、画面にすいつけられたようになっている。
 画面の平靖号は、かなり大きくうつっていた。船長が、ほとんど画面の全部をうずめているくらいの大きさだ。どうやら、これは倍率の大きい望遠レンズのついた器械でうつしたものらしい。
 そのとき、竹見がふと気がついたのは、平靖号の船腹に、一隻のボートが、大きくゆれながら、繋留《けいりゅう》していることだった。そのボートには、不似合いな大きなはたが、はためいていた。
(おお、あれは軍艦旗のようだ!)
 竹見は、どきんとした。いやなところを、船長ノルマンはうつしたものだ。これはどうやら、平靖号が、岸少尉の指揮する臨検隊を迎えたときの光景ではあるまいか。なぜノルマンは、こんなところを、映画にとっておいたのか、ふしぎでならない。
 すると、画面は一変して、甲板《かんぱん》の大うつしとなった。また更に倍率の大きいレンズを、つぎ足したものとみえる。
 甲板に整列している乗組員は、いずれも見覚えのある同志ばかりだった。両脚のない虎船長が、船員にかかえられて
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