《しら》ばくれて、そんなことをいうか……」
 と、船長ノルマンは、憎々《にくにく》しげにいいはなって、竹見の襟髪をもったまま、猫《ねこ》の仔《こ》でもあつかうようにふりまわした。
 竹見は、もうなにもいわなくなった。ていこうもしない。そして怪力船長の腕が、もうそろそろくたびれて、自分を下におろすだろうとまちかまえていた。が、船長ノルマンの腕は、なかなかしっかりしている。
「よオし、貴様は、日本人でないことが、よくわかったぞ」
「えっ、中国人だということがわかりましたか」
「うふん。たしかに貴様は中国人であるということにしておけ。しかしよく見ているがいい、今に吠《ほ》えつらをかかないがいいぞ。そのときは、なにをいってもおそいんだぞ。それまでは、この船で貴様を、やとっておいてやる」
 そういって船長ノルマンは、ふりかえって、いみありげに、はるか後方の海面に目をやった。
 そこには、船足のおそい平靖号の船影は、もうかなり小さくなって、おくれているのが見えた。
 ノルマンは、胸の中になにをかんがえているのであろうか。


   虎船長の決心


 こっちは、平靖号の船上。
 虎船長は、不自由な身体を、船長室の籐椅子のうえにおいて、ぷんぷん怒っている。
 その前には、ノーマ号へ派遣され、野菜などを金貨にかえてきた事務長をはじめ、一行の若者たちが、かしこまっている。
「火薬船だというが、はたして本当かどうか、なぜもっとはっきりしらべてこなかったんだ。竹見の奴が、脱船《だっせん》したい一心で、火薬船などと手前《てまえ》をつくろう手もないではないからのう」
 事務長は、髭面には似合わず、少女のようにはじらいながら、
「どうもソノ、あの場合ぐずぐずしていると、こっちの部下たちが、みんな海の中に、なげこまれそうになったもんでしてナ。なにしろ多勢《たぜい》に無勢《ぶぜい》というやつです。そのうえ、向こうは、なかなか手剛《てごわ》いごろつきぞろいなんです」
 と、弁解に、これとつめているが、虎船長には、はら立《だ》たしくひびくばかりだった。
「もし火薬船というのが本当のことなら、ノーマ号へのこるといった竹見の奴は、さすがにわしの部下らしく見上げた者じゃ。じゃが、あの男は、どうもたちがわるいから、俄に信用はできない」
「ええ船長、竹見のいっていることは、本当です。間違いはありません。私は太鼓判を捺《お》しますよ」
 そういったのは、竹見の相棒《あいぼう》の水夫丸本だった。彼は、竹見から、密書のついたナイフをなげつけられ、それをうまくうけとった男だ。
 虎船長の眼が、ぎょろりと光る。
 そのとき、入口の扉をノックして、入ってきたのは一等運転士の坂谷だった。
「船長。どう決心がつかれましたか」
「ああ、わが艦隊へ無電を打つことか」
 じつは、ノーマ号が火薬船だという報告があったとき、坂谷は、この事実をすぐさま、艦隊へ報告しておくのがいいと進言したのだった。しかし虎船長は、なるべく無電を打ちたくない主義だった。なにしろ中国船のつもりであるから、あまりスパイ船のようにはきはきした行動をとりたくないこともあったし、とかく無電という奴は、四方八方ひろがるので、ぬすみ聞きされる。その結果、平靖号があやしまれて、今後の行動が、制限せられるようだとこまるとおもったのである。
「ねえ、一等運転士」
 と、虎船長は、深刻な表情をして、
「やはり、艦隊へ無電をうつことは、当分見合わせよう」
「そうですか。見合わせますか」
 もと、海軍の下士官だった坂谷は、ちょっと不満のようである。
「その代り、じゃ。わが平靖号は、これから極力、ノーマ号の後をつけていくことにしよう。そして、ノーマ号がなにをはじめるかを十分監視して、確実にあやしい事実をつきとめたら、そのときは、こっちは、平靖号を犠牲にしても、艦隊へ報告する。そういうことにしては、どうか」
 虎船長は、さすがに船長らしく、どこまでも慎重にやろうというかんがえだった。慎重にやって、いよいよその場にのぞめば、大犠牲をはらう決心もしているというわけだった。
「ああ、そんなら、結構でしょう。一つ石炭をうんとたいて、ノーマを追いかけましょう」
 坂谷も、ついに同意した。水夫丸本が、にっこりわらった。相棒の竹見と、いよいよ永のお別れかと、かなしんでいたのに、ここへ来て、きゅうに、彼ののりこんでいるノーマ号を追いかけることになった。竹見に会う機会も、必ず出来るであろうと、丸本の胸は、にわかにおどりだした。
「おい、坂谷一等運転士。今のノーマ号の針路は、どっちへ向いているのかね」
 虎船長が、質問した。
「はい、さっき南西へ針路をてんじました」
「ほう、南西へ。どこへいく気かな」
「その見当では、近くに海南島がありますが、まさか海南島へは、いか
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