聞えた。竹見がましらのように身軽にのぼっていったのを、水夫どもが感心しているらしい。
「へえ、なにか御用ですか」
と、竹見はぬっとかおを前につきだした。
船長ノルマンは両腕をくんで、けわしい目つきで、竹見をじっとにらみつけた。
「貴様は、なぜ本船へかえらないのか」
するどい船長の質問だ。
「へえ、私はもう、あの船へかえりたくないんです」
「なぜ。なぜか、そのわけをいえ」
「かえれば、死刑になりますからね」
「なぜ死刑になる?」
「へえ、それは――」といったが、竹見はちょっとどぎまぎした。
「それはその、仲間をちょいとやって、監禁されていたんでがすよ。死刑になる日まで、どこに待つやつがあるもんですか。丁度いい塩梅《あんばい》に、ボートがこっちへ出るということを聞いたもんで、それにもぐりこみやした」
竹見は、口から出まかせを、べらべらしゃべりながら、よくまあこうもうまいことが喋《しゃべ》れるものだと、自分ながら感心した。
船長ノルマンは、苦《に》が虫《むし》をかみつぶしたようなかおをして、聞いていた。そして竹見の言葉がおわっても、そのまま無言で、竹見をにらみつけていた。
あまりいい気持のものではない。
二三分たった後のこと、ノルマンは、熱が出た病人のようにからだをぶるぶるとふるわせると、はきだすようにいった。
「うそをつけ、小僧。貴様は日本人じゃないか!」
手剛《てごわ》いノルマン
水夫竹見は、肚《はら》のなかで、あっとさけんだ。
“うそをつけ、小僧、貴様は、日本人じゃないか!”
と、船長ノルマンから、だしぬけに一かつをくらわせられたのである。全く不意打《ふいうち》をくらったので、びっくりした。だが、竹見は、こういうときのしぶとさについては、人後におちない自信があった。
(ふン、なにをぬかすか)
と、口の中でいっていた。
「どうだ。ちゃんと、当ったろう。当ったら、すなおに、日本人ですと白状《はくじょう》しろ」
船長ノルマンは、威丈高《いたけだか》になって、竹見をきめつけた。
「日本人だったら、大人《たいじん》は、なにか、わしに呉れるんですかい」
「よくばるな。貴様に何一つ、呉れてやる理由があるか」
「なあんだ。それじゃ、日本人であってもなくても、同じことだ。つまらねえ」
と、いいすてて、竹見は、船長にくるりとしりをむけて、むこうへいこうとする。
「まて、小僧、まだ話はすんじゃいないのだ」
船長ノルマンは、ふたたびどなりつけた。
「やれやれ、まだ話が、のこっているのですかい」
竹見は、わざとつまらなさそうな顔をして、もどってきた。
「貴様は、相当|図々《ずうずう》しいやつだ。一たい、誰のゆるしを得て、このノーマ号のうえを歩いているのか」
「わしの気に入ったからですよ」
「なにッ」
「おどろくことはありませんや。船長さん、あなただって、この船が気に入ってればこそ、こうしてノーマ号にのって、船長とかなんとかを引きうけているのでしょう」
竹見は、おそれ気《げ》もなく、いいはなした。
「ふふン」
さすがに、船長ノルマンは、おちついたものである。はらを立てないで、鼻さきでちょっとわらったばかりだ。
「とにかく、貴様みたいなわけのわからない小僧には、貴重な本船の食糧を食べさせておくわけにはいかん、日本人ならともかくもだが、中国人などに、用はない」
「……」
「用はないから、貴様をかたづけてやる。わが輩の腕力が、いかに物をいうかについては、貴様もさっき舷《ふなばた》をとびこえて二匹の濡《ぬ》れねこが出来あがったことを知らないわけじゃあるまいね。どうだ」
船長ノルマンは、さっき二人の水夫を、舷ごえに、海中へなげこんだことをいっているのであろう。
「よわい者を、おどかしっこ無しだ」
「なにを、ぐずぐずいうか」
船長ノルマンは猿臂《えんぴ》をのばして、水夫竹見の襟髪《えりがみ》をぐっとつかんだ。怪力だ。竹見はそのままひっさげられた。足をばたばたしたが、足の先に、どうしても甲板《かんぱん》がさわらないのであった。それでは、どうすることもできない。
「さあ、どうだ。このまま舷へもっていって、ぽいとすててやろうか」
「なぜすてるのか」
「わかっているじゃないか。この船に、中国人なんか、用はないんだ。それとも、まっすぐに日本人だと、白状するか」
ノルマンは、どこまでも、竹見に白状させるつもりだ。
「船長さん、さっきから、何度もいっているじゃありませんか。わしは日本人が大きらいなんですよ。それにも拘《かかわ》らず、あなたという人は、なんでもかでも、わしを日本人にしてしまわないと承知ができないらしい。それは無理ですよ。いや無理などころか、無茶ですよ」
竹見は、どこまでも、中国人でがんばる決心だった。
「まだ、白
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