おかなかった。だから、鍵を自分のポケットにしっかりにぎっているかぎり、誰もハルクの傍に行くことはできないものと信じていた。
(いずれ、あとでもう一度いってみよう。ハルクは、たぶん息をひきとっているだろうから、そうしたら、後に面倒のおこらないために、倉庫の中に穴をほって、ハルクの死体をうずめてしまおう)
船長ノルマンは、自分たちに都合のよいことばかりかんがえ、そして万事《ばんじ》手《て》ぬかりのないように、先の段取《だんどり》を、心のうちに決めたのであった。そこで彼は、モロ殺しのことも、ハルクを捨てたことも、知らん顔をして、悠々《ゆうゆう》と火薬船ノーマ号へもどってきたのであった。
船では、怪人ポーニンが、彼のかえりを、今か今かと待ちかねていた。
「おお、ノルマン。遅かったじゃないか」
船長ノルマンが、部屋に姿をあらわすと、ポーニンは、手にしていたハイボールの盃《さかずき》を下において、つかつかと入口へ、ノルマンを迎えに出た。
「どうも、骨をおりましたよ」
そういって、ノルマンは、ポーニンが、もっとなにか云い出しそうなのを手でせいして、入口のとびらを、ぴったりとじた。
「おい、結果を早く聞こう。あれは、どうした。そのすじの密偵《いぬ》を片づけることは?」
「あははは、もう安心してもらいましょう。あいつは二度と、この船へはやって来ませんぜ。万事すじがきどおり、うまくいきました。蛇毒《じゃどく》で昏倒《こんとう》するところを引かかえて、あの雑草園の下水管の中へ叩きこんできました。死骸は、やがて海へ流れていくことでしょうが、それは永い月日が経ってのちのことで、そのときは、顔もなにもかわっているし、この船も、このサイゴン港にはいないというわけです」
「そうか。それはよかった。ハルクには、特別賞をやらにゃなるまい」
「そのハルクも、序《ついで》に片づけておきましたよ。万事《ばんじ》片づいてしまいました。あとは、一意、われわれの計画の実行にとりかかるだけです」
怪しき男
そういっているとき、部屋の扉を、とんとんとたたいた者があった。
ポーニンとノルマンは、顔を見合わせた。
「誰だ」
と、ノルマンが声をかけると、
「はい、私で……」
と、はいって来たのは、事務長だった。
「なに用だ、事務長」
「なんだか、へんなやつが、船へやってきましたよ。ロロー船長がこっちに来ていないでしょうか、と、たずねているのです」
「なに、ロロー船長?」
ロロー船長というのは、警部モロのことだった。彼のことなら、もうとくのむかしに、この世から息を引取っているのだった。船長ノルマンは、ポーニンと顔を見合わせて、意味深長《しんちょう》な目くばせを交わした。
「船長ロローは、上陸したが、なにか用事があって、まだ帰ってこない――と、そういえ」
「はい」
「それから、なにか用なら、聞いといてやるからと、そういってみろ」
「はい、かしこまりました」
事務長は、出ていった。
船長ノルマンは、ポーニンの方に、身体をすりよせ、
「ごらんなさい。さっそく警備庁の連絡係が、ロローのところへのりこんできたんですよ」
「ふん、あの一件を嗅ぎつけたんだろうか。それとも、平靖号の乗組員が、こっちを裏切って、密告したんだろうか」
「さあ、どっちですかね。ねえ、ポーニンさん、ともかくも、そのすじの奴等に雑草園をしらべられると困りますから、それを胡麻化《ごまか》すため、例の骨折賃《ほねおりちん》の饗宴《きょうえん》を、すぐさま雑草園で始めてはどうでしょう。わいわい酒をのんでさわいでいりゃ、なにがなんだか、わかりませんよ。そのうちに夜が明ける。荷役《にやく》が終る。おひるごろには、このノーマ号も平靖号も、サイゴン港を、おさらばする。ちょうどだん取がうまくはこぶじゃありませんか」と、船長ノルマンは、なかなか悪智恵《わるじえ》をはたらかす。
「ふん、それでよかろう。では、さっそく、雑草園で、大盤ふるまいをはじめよう。お前、みなにそう伝えろ。船にのこっているやつも、できるだけ、上陸させてやるがいい」
「ええ」
「どうする、その大盤ふるまい始めの命令は。お前がもう一度上陸して、伝えることにするかね」
「いや、私はここにいます。そして事務長を上陸させましょう。」
「お前は上陸しない。なぜだ」
「雑草園には、あなたや私がいない方がいいのですよ。いりゃ、またそのすじのやつなどにつかまって、こっちも、したくない返事をしなきゃならない。われわれがいないで、みなに勝手に飲ませて、大いにわいわいさわがせておけば、官憲が調べようたって、手のつけようがありませんよ」
「ふむ、なるほど。それは名案だ。じゃあ、事務長をよんで、お前から上陸命令をつたえろ」
「よろしゅうございます」
こうして、二人の
前へ
次へ
全34ページ中30ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング