てくれ。早く、早くたのむ」
ハルクは、歯をくいしばりつつ、自分の右の太ももを指した。
「あ、そうか、もっと上を、しばるんだな」
竹は、ようやく合点がいって、ハルクがいったとおり、バンドをといて、太ももを、力のかぎり、ぎゅっとしめた。蛇毒は、ハルクのふくらはぎのむすび目をこえて、上へのぼってきたらしい。
「もっと強く、しばれ」
「でも、これ以上やると、皮がやぶけるぞ」
「皮ぐらい、やぶけてもいいんだ。なんだ、お前の力は、それっばかりか」
「なにを。うーん」
竹見は、全身の力を腕にあつめて、ハルクの太ももをしばった。
「うーむ」
さすがのハルクも、竹見が力一杯にしめつけたので、気が遠くなるような痛みに、うなった。
「これでいいか」
「うん、よし」
と、ハルクはうなずいて、
「竹、お前、向うへいっておれ」
「なんだと、――」
「お前がいると邪魔だ。向うへいっておれ」
「なにをするつもりだ」
「ええい、うるさい野郎だ。見ていてこしをぬかすな。これが、おれのさいごの力一杯なんだ!」
「えっ」
ハルクの手に、ぴかりとナイフの刃がひかった。と、思うと、懸《か》け声《ごえ》もろとも、ハルクはナイフを自分の太ももに、ぐさりとつき刺した。
「おい、ハルク」
「だまっておれ! くそッ」
ハルクの硬いひじが、いきなり竹見の顎《あご》を、下からつきあげた。
竹見は、うーんと一声|呻《うな》って、ふかくにも、その場にどうと倒れて、気をうしなってしまった。
ほど経《へ》て、竹見が、再び意識をとりもどして、その場にむっくり起きあがったとき、彼は、ハルクが、ついに自ら、片脚を見事に切断しているのを発見して、愕《おどろ》きもしたし、また感歎もした。
ハルクは、血の海の中に、うつ伏せとなり、水兵ナイフをそこへ放りだしたまま、虫の息となっていた。おそるべき大力だった。おどろくべき気力であった。何をどうしたのか詳《つまびら》かではないが、蛇毒をうけて瀕死《ひんし》のハルクは、ついに自らの手で、自分の太ももを切断することに成功したのだ。
竹見ほどの豪胆者《ごうたんもの》も、この場の光景を見たときに、なにかしら、じーんと頭のしんにひびいた。
死力《しりょく》
ハルクの呼吸は、発動機船のように、はやい。
「おい、ハルク。しっかりしろ」
竹見が、いくど声をかけても、ハルクはもう、一語も返事をしなかった。
ハルクを抱きおこして、その口にブランデーを注ぎこんでやろうとしたが、ハルクは歯をくいしばって、口をひらかなかった。彼の顔面は、紙のように蒼白《そうはく》になっていた。
「おい、ハルク。死ぬな。死んじゃ、いけないぞ。おれは、医者をさがして、ここへ引張ってくる。それまでは……」
水夫竹見は、そこで声が出なくなった。そでで両眼をぎゅっとこすりあげ、
「それまでは、死んじゃならないぞ。気をしっかり持っているんだ!」
竹見は、この世の中に、ハルクが、一等彼の愛する人間であるように思われてきた。なんとかして、ハルクを助けてやらなければならない。
彼は、立ち上った。
(このまま、ハルクをここに残しておいて、大丈夫かしらん?)
想《おも》いは、ハルクの一つのすういき、一つのはくいきにかかって、心配は限りない。だが、このままぐずぐずしていれば、結局ハルクは、死との距離をだんだんつめていくばかりであろう。なんにしても、早く医者をここへ引張ってきて、解毒《げどく》の注射をうってもらうとかして、正しい手当をうけさせねば駄目である。
竹見は、ついに最後の決心をして、
「ハルク、頑張っているんだぞ」
と、彼の耳許に叫ぶや、破ったまどをよじのぼり、外に出た。が、彼は、うしろがみをひかれる想いであった。
(なぜ、おれは、こうして、急に気がよわくなったんであろう?)
竹見は、自分の心をしかりつけた。しかし彼は、ハルクのそばをはなれていくのが、いやでいやで仕方がなかった。
それも、無理からぬことであった。後に、そのときのことが、思いあわされたように、竹見にとっては、これが良き仲間ハルクとの永遠のお別れであったのだ。いくたびか、悪船長ノルマンの暴力から、竹見を救い出してくれた巨人ハルク! 身体の大きいに似合わず、母親のように、親切にしてくれたハルク! そのハルクとは、このとき限り、再び手をにぎる機会を逸してしまった竹見であった。
こっちは、船長ノルマンであった。
ノルマンは、さんざ、巨人ハルクを、利用するだけ利用したうえ、ハルクが毒蛇のためにかまれて、もう再起する力がないと見るや、れいこくにも、ハルクを倉庫の中にすててしまった。
彼は、倉庫の鍵をもっていたから安心しきっていた。まさか、あの倉庫の通風窓《つうふうまど》が破られることなどは、勘定に入れて
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