二十分ばかりたつと、その通風窓から、ぬっと、一つの顔が現れた。
「おい、ハルク」
あたりを忍《しの》ぶようなこえで、倉庫の中へよびかけたが、返事はなかった。
「どうしたのかな。もう一本切れば、なんとか入れるだろう」
ふたたび、きいきいと鉄格子をひき切る音がはじまった。どこから持ってきたか、高速度鋼《こうそくどこう》のはまった鋸《のこぎり》を、一生けんめいにつかっているのは、外ならぬ水夫の竹見だった。彼は、ハルクの身の上をあんじて、この無理な仕事をつづけているのだった。
やがて竹見は、ついに目的を達して、通風窓から、倉庫の中に、ずるずるどすんと、入った。
「おい、ハルク。どこにいる」
竹見は、マッチをすって、あたりを探しまわった。
「あ、こんなところに……」
とうとうハルクの倒れている隅っこを見つけた。
ハルクは、虫の息《いき》だった。体は、火のようにあつい。竹見は、おどろいて、空《あ》き瓶《びん》の中に入れて持ってきた水で、彼のくちびるをうるおしてやった。
ハルクは、やっと気がついたようであった。
「お、おのれ!」
「おい、ハルク、おれだ、竹だ。お前の仲よしの竹だよ、ほら、よく見ろ」
竹見は、マッチをすって、自分の顔を照《て》らした。だがハルクは、目を開かなかった。まぶたをあける力もないのであろう。でも竹見のこえはわかったと見え、かすかにうなずき、
「うん、た、竹か。よ、よく……」
よく来てくれた――といいたいのであろう。
「一体どうしたのだ。ハルク。おや、脚をしばったり……。おお。脚が紫色に腫《は》れあがっているぞ」
「へ、蛇だ。ど、毒蛇だ……」
「なに、毒蛇にやられたのか、そいつは災難だなあ」
「いや、ノルマン……」
といいかけて、ハルクは、苦しさのあまり、また昏倒《こんとう》してしまった。
竹見は、おどろいた。何もかも、一ぺんにやりたくて、焦《じ》れったかった。
彼は、ノーマ号へ乗り込んだときからの、この親切な巨人のため、おんがえしのいみで、できるだけのことをした。傷口を、持って来た洋酒で洗ったり、新たに膝のうえで縛り直したり、それからハルクの口を割って気つけ薬を入れてやったりした。
その手篤《てあつ》い看護が効《こう》を奏《そう》したのか、それとも竹見の友情が天に通じたのか、ハルクはすこし元気を取り戻したようであった。
「た、竹。おれは、うれしいぞ。おれは、まだ死にはしない」
「うん、死ぬものか」
と、竹見は口ではいったものの、この重症のハルクが再起できるとは、ひいき目にもおもわれなかった。
「おい、た、竹。おれのズボンのポケットから、水兵《ジャック》ナイフを出して……刃《は》を起せ!」
「水兵ナイフ! 危いじゃないか」
「いや、は、はやくしろ。そして、おれの手ににぎらせてくれ」
つのる蛇毒《じゃどく》
蛇毒にやられて、かびくさい倉庫の床に、気息奄々《きそくえんえん》のハルクほど、みじめな者はなかった。常日ごろ、“巨人”という名をあたえられて畏敬《いけい》されていた彼だけに、今の有様は、なみだなしでは見られなかった。
「おい、竹。どうした、水兵《ジャック》ナイフは……」
と、巨人ハルクは、はあはあ喘《あえ》ぎながら、水夫竹見に、さいそくをした。
「うん、水兵ナイフは、あったが、これをお前がにぎって、どうするつもりかね」
竹見は、ハルクにいわれたとおり、ズボンのポケットから水兵ナイフを出して、刃《は》を起してやったものの、このとぎすまされた水兵ナイフを、重態のハルクににぎらせていいものかどうかについて、竹見は迷った。
「はやく、は、はやく、こっちへ呉れ。な、なにをぐずぐずしている……」
「はやく渡せといっても、お前、これをにぎってどうするつもりか」
ハルクは、くるしさのあまり、このナイフでわれとわが咽喉《のど》をかききって、自殺するのではなかろうか、そう思った竹見は、友にナイフを手わたすことを、ためらった。
「ええい、こっちへよこせ!」
とつぜんハルクは、半身《はんしん》をおこすと、竹見の手から、ナイフをうばった。が、ナイフをうばったというだけのことだ。そのまま、また土間《どま》にかおを伏せて、うんうんと、高くうなりだした。
「ほら、そんな無理をするから、余計にくるしくなるじゃないか。おい、ハルク、おれが、これから出かけて、医者をさがして、呼んできてやる」
「い、医者なんか、だめだ。お、おれは、自分で、やるんだ」
と、いったかと思うと、ハルクは、とつぜん、むくむくと起きあがった。
「おい、どうするんだ」
ハルクは、無言で、いきなり、べりべりと音をさせて、右脚の入っているズボンを、ひきさいた。
「竹、おれのバンドをといて、右脚のつけ根を、お、思い切り、ぎゅっと縛っ
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