竹、船長の命令だ。おもてへいって、お前は仕事をつづけろ」
「いくら命令でも……」
「うるさい野郎だ。じゃあ、早いところ、はなしをつけるぞ。これでも、おれの命令にしたがわぬというか」
船長ノルマンの手には、きらりとピストルが光った。
「やっ」竹見は、いきを、はっととめた。「それほど――いや、向うへいきますよ」
手元へ飛びこんで組打《くみうち》とも考えたが、船長と格闘することよりも、自分に親切にしてくれたハルクの安否《あんぴ》をはやく見てやりたいとおもったので、歯をくいしばって我慢した。そして倉庫の出口へ出ていった。
船長ノルマンは、ぴゅーと、唾をはくと、やはりハルクのことが気になると見え、彼の様子をのぞきにいった。
「あっ、船長。手をかしてくれ」
ハルクは、こえをふりしぼってさけぶ。
「なんだ、ハルク」
「ここんところを……」といって、ハルクはひざがしらをさし、
「ここんところを、船長の力一ぱいにしばってくれ。毒が……毒が……」
さっき彼のふくらはぎのところを自分で縛《しば》ったが、それがゆるんで、蛇毒《じゃどく》が上へまわるのをおそれてのたのみだったらしい。
だが船長ノルマンは、ぬッと立ったまま、あわい電灯の光の下に、冷やかにハルクを見下《みお》ろすばかりだった。
「船長。は、はやく……」
「おい、ハルク」
「ええッ」
「くたばるものなら、はやくくたばってしまえ」
「な、なんと……」
「そうじゃないか。お前の不注意で、蛇にかまれたんだ。そのおかげで、おれにまで、つまらない心配と、無駄な時間とをついやさせやがった。お前がはやく死んで呉《く》れれば、おれはたすかるのだ。おればかりではない、全乗組員も、ポーニン委員も、皆たすかるんだ」
「ううーッ」
「お前も、そのくらいのことは、察しがつくだろうがな。お前を医者にかけてみろ。お前が雑草園で、なにをしたかということが、すぐ世間へばれてしまうじゃないか。ノーマ号と平靖号とが、特別の積荷をそろえて、無事このサイゴン港を出航できるまでは、お前のその身体は、だれにも見せたかないんだ」
「うう、この悪魔め!」
「こういうわけだと、そのわけを聞かせてやるのも、あの世《よ》へたび立つお前への手土産のつもりだ。もっとも、医者にみせたって、この有様じゃ、所詮《しょせん》たすかる見こみはないにきまっていらあ」
「ち、畜生! お、おれは死なないぞ!」
「これ、しずかにしろ」
「お、おれの死ぬときゃ、き、貴様たちも、地獄へ引《ひっ》ぱっていくんだ。は、うん、くるしい」
「まだ、喋《しゃべ》るか」
「だれが、き、貴様たちの計画どおりに――」
「だまれ!」
鬼のような船長ノルマンは、足をあげて、ハルクの顔を、下からうんと力まかせに蹴上《けあ》げた。
ハルクの顔からは、たらたらと赤い血がながれだした。
二度目に蹴上げたとき、ハルクは、うんとうなって、その場に悶絶《もんぜつ》してしまった。
彼等の秘密計画がばれるのを、ひどくおそれているからのこの暴行ではあったが、それにしても、面倒を見てやらなければならない部下にたいして、このひどい仕打は、船長ノルマン――いやノルスキーの脈管にながれている残虐性のあらわれであるとおもえた。
友情
船長ノルマンは、ハルクが、気をうしなってしずかになったのを見すますと、倉庫の出入口へ現れた。
「おい、この倉庫は、閉めるから、出る者は今のうちに皆出てこい」
倉庫の中は、もうほとんど一杯だったので、皆は、他の倉庫へ、陸揚の貨物をはこんでいた。残っていたのは、後片附けと見張りのノーマ号の船員数名だけだった。
船長ノルマンは、倉庫の入口を自《みずか》らぴたりととじると、大きな錠《じょう》をかけた。その鍵は、彼のポケットへ――。
「なにを、ぼんやりしとる。ぐずぐずしていると、もうすぐ夜明けになるじゃないか。はやくむこうへいって、手伝え」
ノルマンに、口汚《くちぎたな》くしかられて、船員たちはあわてて、別の倉庫の方へかけ出していった。
瀕死《ひんし》のハルクは、ただ一人、とうとうこの倉庫のおくに、とじこめられてしまった。まったく同情に値《あたい》することだった。このうえは、サイゴン警視庁の活動をまつよりほかないが、まだむこうでは、モロ警部の遭難さえ気がつかない様子だ。
それから、小一時間ほどたってから後のことだった。巨人ハルクのとじこめられた倉庫の、通風窓《つうふうまど》にはめられてあった鉄格子《てつごうし》が、きいきいとおとをたてはじめた。
きいきいという音は、しばらくすると、ぱたりと止み、それからまたしばらくすると、きいきいと高いおとを立てはじめる。窓からは、セメントが、ばらばらと下へおちる。誰か、通風窓の鉄格子を、ひき切っている者があるのだった。
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