ステッキがにゅっと伸びたように見えた。
「あっ、あッッ!」
それが警部モロの最後のこえだった。ステッキの中にひそんでいた青斑《あおまだら》の毒蛇《どくじゃ》が、蓋が明いたとたんに、警部モロのゆびさきに咬《か》みついたのである。
モロは、面色《めんしょく》土のごとくになり、発条仕掛《バネじかけ》の人形のように、突立ちあがり、椅子をたおした。彼の左手が、ぶるぶる震えるなわのようなものを、右手からひきちぎった。そしてハルクめがけて、ぱっと投げつけた。それは青斑の毒蛇だった。
「あっ!」
ハルクは、ふって湧いた意外な事件にすこしぼんやりしていたところだった。とびついて来るものが蛇だと知ったとき、ハルクは、拳《こぶし》をかためて、ぴしりと蛇を払いのけた。蛇は足元におちて、がさがさと音をたてた。
「こいつ奴《め》!」
ハルクは、それがまさかおそるべき毒蛇だとまでは気づかず、こんどは、足をあげて、うむと、蛇をふみつけた。
「おう、うまくいった。ハルク、その先生をこっちへ抱いてこい」
突然ハルクに呼びかけたのは、船長ノルマンだった。
「あっ、船長」
「余計な口をきくな。はやくやれ、はやく。その先生をかかえて、こっちへ来い」
警部モロは、酒をのんでいたところへ、毒蛇に咬まれたので、たちまち毒が全身にまわって一命をおとしてしまったのである。
ノルマンは、ハルクに手つだわせ、彼が怪訝《けげん》なかおをしているのをしかりつけながら、警部モロの死骸を、下水管の中へ放りこんで、しまつをしてしまった。
「まず、これでいい」
「船長、ひどいことをするじゃないか。わしには何にもいわないで……」
「れいをする。だから喋《しゃべ》るな」
「毒蛇をわしにあずけておいて、用心しろ、咬まれるとお前の生命があやういぞともいってくれなかったのは、いくらなんでも……」
といっているうちに、どうしたわけか、ハルクは、急にあわてだした。
蛇毒《じゃどく》は廻る
「船長、ま、まってくだせえ」
ハルクは、くるしそうにあえぎながら、ふりしぼるようなこえでいった。
「なんだ、ハルク」
と、船長ノルマンは、うしろをふりかえったが、ハルクは、やけつくようないきをはっはっと、はいている。
「おや、お前どうした、ハルク」
「あ、いけねえ……」
「なに、いけない。なにが、いけないというのか」
船長ノル
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