つまり、陸岸にはさまれた河のみなとで相当まがりくねっている。だから、港の中は、たいへんおだやかである。軍港はすこしはなれたところにあるが、こっちの港には、大小おびただしい数の汽船が、安心し切ってぎっしりと舷と舷とをよせ合って、碇泊《ていはく》している。
 平靖号は、後から監視の目を光らせているノーマ号からの指令にしたがって、なにごとにもさからわず、命令どおり忠実に港へ入っていった。連日みたし切れないむねを持てあましていた平靖号の船員たちも、異色ある亜熱帯地方の風物が、両岸のうえにながめられるようになって、すこしばかし、なぐさめられた。
「いよいよ、やってきたぜ。あれみろ、妙なかっこうの寺院みたいなものが見えらあ」
「ふん、あれはノートル・ダムだろう。おれたち俘虜《ふりょ》ども一同そろって、はやく武運をさずけたまえと、おいのりにいこうじゃないか」
「やかましいやい。捕虜だなんて、おもしろくねえことを、いうもんじゃない」
 そのうちに、両船は相前後して、投錨《とうびょう》した。お互いに、すねにきずをもっていることとて、仏官憲の臨検《りんけん》を、極度に気にした。だが、そこはどっちも、相当のしたたかもののことだから、なんとかかんとかいって、うまく仏官憲を丸めて、退船してもらった。狐と狸とで、同じ人間を化かしっこしたようなものだった。臨検官は、御丁寧にも二重に化かされていながら、なんにも気がつかないというのだから、まことに御苦労さまな次第だった。
 怪人ポーニンが、平靖号にのりこんできたのは、その夜《よ》ふけてのことだった。
 丁度《ちょうど》虎船長は、明日積荷を売るについて、その準備に、帳簿と書類の間にうずもれて、きりきりまいの最中だった。そこへ、当直の二等運転士が、注進のため、船長室へとびこんできた。
「船長。いよいよ来ましたぜ。船長ノルマンが、七八人ひきつれて、船長に会いたいといってやってきました。竹見の奴も、いけしゃあしゃあと、案内に立っていやがるんです」
「なに、もうノルマン一行が来たか。おい、事務長。ここはいいから、お前がすぐいって、応接しろ」
 そういっているところへ、ノルマン以下は、竹見を先に立てて、つかつかと、船長室へふみこんだ。
「おい、竹。どれが船長だ」
 竹見は、唇をぎゅっとかんで、無念そうにノルマン船長の命令を、きいている。
「そこにすわっているの
前へ 次へ
全67ページ中42ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング