聞えた。竹見がましらのように身軽にのぼっていったのを、水夫どもが感心しているらしい。
「へえ、なにか御用ですか」
 と、竹見はぬっとかおを前につきだした。
 船長ノルマンは両腕をくんで、けわしい目つきで、竹見をじっとにらみつけた。
「貴様は、なぜ本船へかえらないのか」
 するどい船長の質問だ。
「へえ、私はもう、あの船へかえりたくないんです」
「なぜ。なぜか、そのわけをいえ」
「かえれば、死刑になりますからね」
「なぜ死刑になる?」
「へえ、それは――」といったが、竹見はちょっとどぎまぎした。
「それはその、仲間をちょいとやって、監禁されていたんでがすよ。死刑になる日まで、どこに待つやつがあるもんですか。丁度いい塩梅《あんばい》に、ボートがこっちへ出るということを聞いたもんで、それにもぐりこみやした」
 竹見は、口から出まかせを、べらべらしゃべりながら、よくまあこうもうまいことが喋《しゃべ》れるものだと、自分ながら感心した。
 船長ノルマンは、苦《に》が虫《むし》をかみつぶしたようなかおをして、聞いていた。そして竹見の言葉がおわっても、そのまま無言で、竹見をにらみつけていた。
 あまりいい気持のものではない。
 二三分たった後のこと、ノルマンは、熱が出た病人のようにからだをぶるぶるとふるわせると、はきだすようにいった。
「うそをつけ、小僧。貴様は日本人じゃないか!」


   手剛《てごわ》いノルマン


 水夫竹見は、肚《はら》のなかで、あっとさけんだ。
“うそをつけ、小僧、貴様は、日本人じゃないか!”
 と、船長ノルマンから、だしぬけに一かつをくらわせられたのである。全く不意打《ふいうち》をくらったので、びっくりした。だが、竹見は、こういうときのしぶとさについては、人後におちない自信があった。
(ふン、なにをぬかすか)
 と、口の中でいっていた。
「どうだ。ちゃんと、当ったろう。当ったら、すなおに、日本人ですと白状《はくじょう》しろ」
 船長ノルマンは、威丈高《いたけだか》になって、竹見をきめつけた。
「日本人だったら、大人《たいじん》は、なにか、わしに呉れるんですかい」
「よくばるな。貴様に何一つ、呉れてやる理由があるか」
「なあんだ。それじゃ、日本人であってもなくても、同じことだ。つまらねえ」
 と、いいすてて、竹見は、船長にくるりとしりをむけて、むこうへい
前へ 次へ
全67ページ中23ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング