のか知らないが、はて、あの事務長め、いつからこんなに気がきくようになったか」
 と、ひょいと手を出すところを、丸本がまっていましたとばかり、麻紐の輪をかけてしまった。
「あっ、おれをどうするのか」
「わるくおもうな、おとなしくしろい。お前を縛ってつれもどれと、虎船長の命令だ」
 竹見は、しばらく目をぱちぱちしていたが、
「いやだい。あんな船へ、だれがかえるものか。お前、おれを売ったな」
「売ったなどと、人聞きのわるいことをいうな。これもお前のためだ。わしは飯《めし》も酒も……」
「いうな、うら切りお爺《じい》め! お前なんぞにふんづかまってたまるかい」
 といってはねのけようとする。そのときばたばたとかけてきたのは、待機中の事務長をはじめ派遣隊の連中だった。この連中にそうがかりになっては、大力の竹見といえどもどうにもならない。
「おーい、ハルク、だまってみていないで、おれをたすけてくれ。おれが捕って本船へつれもどられると、死刑になっちまうんだ」
 それを聞くと、ハルクはウィンチの下からのっそり前に出てきた。彼は、太い筋の入った両腕を、ゆみのようにはって、竹見の加勢をすると見せた。
「よせよせ、ハルク」
 他の船員たちが忠告した。しかしハルクは缶詰をもらったおれいの分だけ、力を出すつもりであった。
 平靖号の船員対ハルクの乱闘のまくは、今にもノーマ号の甲板の上に切っておとされそうになった。
 そのとき竹見は、ハルクの後へ退《さが》っていたが、睨《にら》み合いの相手丸本をいつになくきたない言葉でののしり、
「やい、うら切り者よ。これが受けられるなら受けてみろ」
 というなり、竹見の掌《てのひら》からぴゅーんといきおいよく、一挺のナイフが丸本の方へとんでいった。竹見のなげナイフ。丸本のとめナイフ――といえば、平靖号の名物の一つだ。どっちも神技というべきわざをもっている。だが今は曲技《きょくぎ》くらべではない。丸本は、竹見が自分に殺意を持っていると見て、大立腹《だいりっぷく》だ。ぴゅーととんでくるナイフを、ぴたりと片手でうけとめ、ただちに竹見の心臓をねらってなげかえそうとしたが、そのとき妙な手触《てざわ》りを感じた。見ると、ナイフの柄《え》に、シャツをひきちぎったような布ぎれがむすんであった。
「おや!」
 と叫んだ、丸本はその布ぎれに、なにか字が書いてあるのに気がついた。
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