火薬船
丸本は、はっとおもった。
どうも、さっきから、竹見のそぶりという奴が、一向《いっこう》腑《ふ》におちない。あれほどの仲良しの竹見から、ナイフを、なげつけられようなどとはまったく想像もしなかったのである。でも、とんでくるナイフは、ぜひ受けとめねばいのちにかかわる。そこで、こっちも手練の早業《はやわざ》で、やっとナイフを受けとめてみると、そのナイフの柄に、布《ぬの》ぎれがついていたのであった。それにはおどろいた。
いや、愕《おどろ》きは、そればかりではない。その布ぎれには文字がしたためてあった。彼は、すばやくその文字を拾いよみした。
“火ヤク船ダ。オレハノコルヨ”
彼は、たてつづけに二三度、それをよみかえした。しかし、そのいみを諒解《りょうかい》するには、まだその上、五六|度《ど》もよみかえさねばならなかった。そして、その真意がわかったとき、丸木のからだは、昂奮《こうふん》でぶるぶるふるえだした。
「うむ、“火薬船だ、俺は残るよ”そうか、このノーマ号は火薬をつんだ船なのか、それで、竹見のやつが、この船にのこるというのか」
丸本は、ちらと、竹見の方に、すばやい眼をはしらせた。
“どうだナイフにつけてやった手紙の文句のいみが分るか”
と、いいたげな竹見の目附であった。
「竹見の奴、このノーマ号が火薬船だから残るというが、火薬船なら、なぜ残らなければならないのか」
こいつは、ちょっとばかり謎がむずかしい。丸本には、竹見の意中が、どうもよく分らなかった。が、それが分らないといって、ぐずぐずしていられないこの場であった。
そのとき、丸本のかたをたたいたものがある。それは事務長だった。
「おい、丸よ。なにをぐずぐずしているんだ。はやく、その麻紐《あさひも》を、手元へ引《ひっ》ぱれ」
そうだ、麻紐の一端が、脱船水夫の竹見の片手を、しっかりと捉えているのだ。竹見はこの船に居残るという。しからば、この紐をはなしてやらなければなるまい。といって、この場合、下手なはなしようをすれば、ノーマ号の船員どもにさとられるから、竹見の後のためによろしくあるまい。日ごろ、和尚《おしょ》さんのようにおちついている丸本水夫も、こうなっては、煙突のうえで、きゅうに目かくしされたように、狼狽《ろうばい》しないではいられない。
でも、ぐずぐずしてはいられなかった。すすむ
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