うして五千メートルぐらいに近づいている」
「ノーマ号と、船名がついていますぜ、一体なにをつんで、どこへいく船なのかなあ」
「きっと軍需品をつんでいるよ、あのかっこうではね。たしかにあやしいことは素人《しろうと》にもそれとわかるのに、ノールウェーでは、海軍さんも手の下《くだ》し様《よう》がないんだろう」
「残念、残念。宣戦布告がしてないと、ずいぶんそんだなあ」
 幹部たちは、ノーマ号と名のるノールウェー船のうえに、すくなからぬ疑惑をもって、ざんねんがったのである。
 はたして、一同が見ているうちに、わが駆逐艦松風は、ノーマ号からはなれ、舳《へさき》をてんじて北の方へ快速力で航行していった。
 ノーマ号も、その後を追って北上するかとおもわれたが、どうしたものか、急に針路をかえ南西に転じた。
「あれっ、こっちと同じ方向へいくぞ!」
 事務長が、目をぱちくりとやった。
「おい、へんだぞ。ノーマ号は、一向前のようなスピードを出さないじゃないか」
 足のない虎船長がさけんだ。
「これじゃ、間もなく本船は、ノーマ号においついてしまいますよ。なにかむこうは、かんがえていることがあるんですな」
 頭のいい一等運転士の坂谷《たかたに》が、早くも前途を見ぬいて、船員の注意をうながした。
 坂谷のいったとおりだった。わが平靖号は、どんどんノーマ号の後に接近していった。
 水夫の竹見は、さっきから船橋の入口に立っていたが、この場の緊張した空気におされて、無言のままだった。
「おや、竹見。なにか用か」
 と、かえって虎船長からとわれて、彼は、はっといきをのんで二三歩前に出た。
「ああ船長。私は、折角ですが、この船から下りたいのであります」
「なにィ……」
 虎船長は、あっけにとられて、竹見の顔をあらためて見なおした。


   信号旗


「なに、もう一度いってみろ」
 船長は虎《とら》の名にふさわしく、眼を炯々《けいけい》とひからせて、水夫竹見をにらみつけた。
「はい。私は本船を下りたくあります」
「な、なにをいうか、本船にのりこむ前に、あれほど誓約したではないか。本船にのったうえからは、本船と身命をともにして、目的に邁進すると。ははあお前は、南シナ海の蒼《あお》い海の色をみて、きゅうに臆病風《おくびょうかぜ》に見まわれたんだな」
 竹見は、目玉をくるくるうごかしつつ、
「臆病風なんて、そん
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