にをわらうんだよ」
すぐ横槍が入った。それは、デリックの下《した》にあぐらをかいて、さっきからのさわぎをもうわすれてしまった顔附で、せっせと釣道具の手入れによねんのない丸本慈三《まるもとじぞう》という水夫が、口を出したのである。
「な、なにをッ」
「なにをじゃないぜ。さっきお前は、もうすこしで水兵の銃剣にいもざしになるところじゃった。あぶないあぶない」
この丸本という水夫は、竹見の相棒だった。年齢のところは、竹見よりもそんなに上でもないのに、まるで親爺《おやじ》のような口をきくくせがあった。この二人の口のやりとりこそ、はなはだらんぼうだが、じつはすこぶるの仲《なか》よしだった。
「なんだ、丸本。貴様は俺がいもざしになるところをだまってみていたのか。友達甲斐《ともだちがい》のないやつだ」
「ははは、なにをいう。お前みたいなむこう見ずのやつは、一ぺんぐらい銃剣でいもざしになっておくのが将来のくすりじゃろう。おしいところで、あの水兵……」
「こら、冗談も休み休みいえ。あの銃剣でいもざしになれば、もう二度とこうして二本足で甲板に立っていられやせんじゃないか」
「そうでもないぞ。あの、われらの虎船長を見ろやい。足は二本ともきれいさっぱりとないが海軍さんを見送るため、ああしてちゃんと甲板に立った。お前だって、いもざしになってもあれくらいのまねはできるじゃろう」
「おお虎船長!」
と、竹見太郎八は、なにかをおもいだしたらしく、
「そうだ、俺は虎船長に用があったんだ。おい、ちょっといってくるぞ」
水夫竹見は、軽く甲板を蹴って、船橋へのぼる階段の方へ歩いていった。
船橋では、虎船長をはじめ、一等運転士や事務長以下の首脳者が、しきりに、はるかの海面を指して、そこに視線をあつめている。
「おお、あの船が、やっと旗を出した」
「なるほど、あれはノールウェーの旗ですな、ノールウェーの船とは、ちかごろめずらしい」
いま船橋で話題にのぼっているのは、さっきまでこの平靖号を臨検していたわが駆逐艦が、その臨検中に見つけた新しい一隻の怪船のことだった。わが駆逐艦は、その間近かにせまっている。そのとき怪船は、とつぜんノールウェーの国旗を船尾にさっと立てたのである。
「どうもあのノールウェー船はあやしいよ。むこうも貨物船だが、あのスピードのあることといったら、さっきは豆粒ほどだったのが、今はこ
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