「いや、船長のことは心配しなくともいいんだが、船のことが、いやに気になってねえ。ともかくも、早くランチをやれ」
「へえ、合点《がってん》です。おい、竹見、考えこんでないで、手つだえよ」
「なんだ竹もいるのかね」
「へい、一等運転士。そういえば、わしもなんだか船のことが気がかりなので……」
「よせやい、竹。お前の心配しているのは、ハルクのことじゃないか。いやに調子を合せるない」
「うん、ところが、おれも急に今、船のことが気がかりになってきたんだ。どうもへんだねえ」
「ふん、何をいい出すか……」
 そこでランチは、沖合《おきあい》に信号灯の見えている平靖号さして、波をけ立てて進んでいった。


   血染《ちぞめ》の手紙


 ランチは、平靖号の舷側《げんそく》についた。
「いやに静かだねえ」
「そうでしょうとも。虎船長のほかに、だれもいないんですよ」
「まさかネ」
 三人は、するすると縄梯《なわばしご》のぼって、甲板《かんぱん》へ――。
「隊長! 虎隊長!」
 一等運転士は、気になるものと見え、虎隊長のところへ、とんでいった。
 隊長は、平船員のベッドにもぐりこんで、暗い灯火の下で、本を読んでいたが、とつぜん帰ってきた三人の顔を見て、たいへんよろこんだ。
「隊長、るす中なにかかわったことはありませんでしたかねえ」
 と、一等運転手は、わざと何気《なにげ》なき体《てい》で、それを尋ねた。
「船のことかね、それとも、わしのことかね。どっちも大丈夫さ。心配するなよ」
 と、破顔大笑《はがんたいしょう》したが、途中で、急に改まった調子になり、
「――そういえば、思い出した。さっき、丁度《ちょうど》この真上の甲板あたりで、がたんと、大きな音がしたんだ。なにか、物をなげつけたような音だった。行ってみようと思ったが、生憎《あいにく》傍《そば》にはだれもいないし、そのままにしておいた。あれは何の音だったか、だれかいって、見てくるがいい」
「はあ、この真上の上甲板あたりでしたか。その音のしたのは?」
 一等運転士の坂谷と、水夫竹見とが、一緒にそこをとびだした。
 駈《かけ》あがった二人は、甲板のうえを探しあるいた。
「あっ、これだ!」
 一等運転士が叫んだ。
 竹見が、かけつけてみると、一等運転士は、一挺《いっちょう》の水兵《ジャック》ナイフをにぎっていた。
「おや、血が……」
 竹
前へ 次へ
全67ページ中63ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング