に永く感ぜられた。ブランデーの栓を抜こうとする小娘の手を払いのけて、彼は自《みずか》らグラスに注いだ。ドロドロと盛りあがってくる液体をグッグッと、立てつづけに四五杯もあおった。腸の中がカッと熱くなってきて、やがて全身に火のような熱い流れが拡がっていった。
「ふーッ」
 と彼は溜息をついた。
(ああ、助かった!)
 と彼は心の中で叫んだ。そしてまたしてもグラスを手に取上げた。気が次第に落着いて来て、始めてあたりの閑寂《かんじゃく》な空気に気がついた。
 八十助の座席の隣では、二人の男が物静かな会話をつづけていたそれを聞くともなしに、彼は聴いた。
「……というわけでネ」と紋付羽織の男が言った。「どうも変なのだ一宮大将ともあろうものがサ、まさか株に手を出しやしまいし、死の直前に不動産を全部金に換え、しかもそいつを全部使途不明にしてしまい、遺族は生活費の外に一文も余裕がないというのだからネ」
「それに変だといえば、大将の急死がおかしい。いくらなんでも、あんなに早く逝くものかネ」
「僕は大将の邸で、変な男を見かけたことがある。肺病やみのカマキリみたいなヒョロ長く、そして足をひいている男さ。あいつ
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