中で焼かれ、灰になってしまった筈だった。尤《もっと》も稀には死人がお葬《とむらい》の最中に甦《よみがえ》って大騒ぎをすることもないではないが、それは極《きわ》めて珍らしいことで、もしそんなことがあれば、鵜《う》の目|鷹《たか》の目で珍ダネを探している新聞記者が逸《いっ》する筈はなかった。しかし最近の新聞記事にはそんな朗かな報道がなかったことから推して、かれ鼠谷の死体は順調に焼場の煙突から煙になって飛散したに違いあるまい。すると……?
すると八十助は、今しがた其処の夜店街の人込みの中で、旧友鼠谷仙四郎の、幽霊を見たことになる。
「ううッ――」
彼はガタガタ慄《ふる》えだした。そして外套の襟を咽喉《のど》のまえで無暗《むやみ》に掻きあわせた。もうこうなっては小説のタネのことなどを考えている余裕はなかった。なんだか脳貧血に襲われそうな不安な気持になった。そこで彼は、通りかかった一軒の酒場の扉をグンと押して、中へ飛びこんだ。
「ブランデーを……。早くブランデーを……」
給仕の小娘を怒鳴りつけるようにして、洋酒の壜を催促した。彼の前にリキュール杯が並ぶまでの僅かな時間さえ、数時間経ったよう
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