れほど遠くへ来たようにも思わない。
「どうじゃ、気がついたかの?」
と白い美髯の肥満漢が声をかけた。
「はッ――」
と八十助は、彼の顔を見た。そのソーセージのようないい色艶の顔を眺めていたとき、八十助は始めて、さっきから解きかねていた謎を解きあてて、愕きの叫び声をあげた。
「あッ――」
「甲野君、一つ御紹介をしよう」
と鼠谷仙四郎がすかさずチョロチョロと前に進み出でた。
「こちらは一宮大将《いちのみやたいしょう》でいらっしゃる」
「やっぱり一宮大将!」
一宮大将といえば、あの新宿の夜店街で、飾窓の中に黒枠づきでもって、その永眠を惜しまれていた将軍のことではないか。そういえば、大将の美髯は有名だった。その美髯がたしかに眼の前に見る老紳士の顔の上にあった。
「一宮大将は亡くなられた筈ですが……」
「はッはッはッ」と将軍は天井を向いて腹をゆすぶった。「亡くなって此処へ来たのじゃ。この鼠谷君もそうであるし、君も亦いま、ここへ来られたのじゃ」
「私は死にませんよ。死んだ覚えはありません」
「死なない覚えはあっても、死んだ覚えはあるまい。――それはとにかく、君は死んだればこそ、ほらあれを見
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