は人事不省《じんじふせい》から醒めて、生きている悦《よろこ》びを、やっと感じたばかりだったが、その悦びは束の間に消え去った。いくら生きていても、棺桶の中に入れられていては、どうしようもない。彼は望みがないと知りつつも、手足や首をゼンマイ仕掛けの亀の子のようにバタバタ動かした。ドカンドカンと板の上を叩いた。叩いているうちに不図《ふと》気がついた。
(こうして叩いていれば、誰かが発見してくれるかも知れない)
八十助は、彼の入った棺桶がどこかの祭壇に置かれている場面を想像した。しかし何のザワメキも鐘の声も聞えないところから見れば、それはまず当っていなかった。
(それでは、死体収容所かも知れない?)
死体収容所なれば、森閑《しんかん》としているのも無理がない筈だった。そうだ、そうだ。死体収容所であろうと思った。それで彼は、しばらく暴れることを中止して、両方の耳を澄ました。外部から何の音も響いてこないことを確かめるためだった。
「いーや。……何か聞こえる!」
彼はハッと胸を衝《つ》かれたように感じた。何か聞えるのであった。あまり大きい声ではなかったが、水道の栓をひねったときにするようなシュ
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