十助は相手の顔にぶつけるように云った。「チャンと生きている癖に死亡通知をだしたのだからネ。僕としても、もし今夜君にめぐり逢わなかったとしたら、君は火葬場で焼かれて骨になっていることとばかり思っているだろうよ。君は何故《なぜ》、死んだと詐《いつわ》ったんだい」
「詐っちゃいないよ、俺は。あの死亡通知は本当なのだ。まア落着いて俺の言うことを一通り訊いてくれよ。全く奇々怪々な話なんだから。……」
 鼠谷は八十助の腕をとらえて放そうとしなかった。そして此処では話ができないから、何か飲みながら話そうといった。そして馴染のいい酒場を知っているからといって、逡巡《しゅんじゅん》している八十助を無理に引張って行った。
 それは確かに新宿裏にある酒場で、名前もギロチンという店だったが、その辺の地理に明るい八十助もそんな店のあるのを知ったのがその夜始めてだった。扉《ドア》を押して入ってみると、土間は陰気にだだ広く、そして正面には赤や青や黄のレッテルの貼ってある洋酒の壜が駭くばかりの多種に亘《わた》って、重なり合った棚の上に並べてあり、その前のスタンドはいやに背が高く、そしてその間に挟まって店の方を向いてい
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